スペシャルインタビュー

さとうわきこさんに聞きました! 第2話<全4話>

photo

今回は、『せんたくかあちゃん』や「ばばばあちゃん」シリーズなど、愉快で心あたたまる作品の数々でおなじみの絵本作家さとうわきこさんの登場です。奇想天外なアイデアと抜群の行動力で、「困りごと」も、あっという間に「楽しいこと」に変えてしまうばばばあちゃん。産みの親のさとうさんも、パワフルでいたずら心のある素敵なお人柄でした。

第1話|第2話|第3話第4話

さとうわきこさん

さとう わきこ

東京都生まれ。児童出版美術家連盟所属、子どもの文化研究所所員。デザインの仕事に従事したのち、子どものためのイラストレーションに興味を持つ。岡谷市小さな絵本美術館主宰。主な作品に『せんたくかあちゃん』『おつかい』「ばばばあちゃん」シリーズ(福音館書店)、『とりかえっこ』『ねえ、おきて!』(ポプラ社)、『ちいさいねずみ』(偕成社)などがある。

デザイン会社時代に「創作」に憧れる

※さとうわきこさんは2024年3月28日にご逝去されました。故人のご功績を偲び、心からご冥福をお祈りいたします。

おつかい

▲さとうさんの初めての絵本作品となる『おつかい』(作・絵:さとうわきこ、福音館書店)

高校に入って美術部へ入部したら、それがまた楽しくて。美術部の先生がちょうど担任の先生で、自習となると先生も一緒に公園に行ったりしてね。卒業後は美大へ行きたいと母に話すと「お金がない」と。じゃあ、1年働いてお金をためてから進学しようと、映画会社へ就職しました。

ところが、間もなく体調が悪くなって入院生活をすることに…。手術も必要な重い病気でした。会社も辞めなくてはならず、運が悪いと思ったわ。それで退院後は、高校時代の美術の先生からの紹介で、その先生の恩師の絵の先生に弟子入りして、デザインを学びました。当時は子どもの本にはあまり関心はなく、その後デザイン会社に就職しました。

その会社で「王さま」シリーズの寺村輝夫さんとお仕事をするようになり、寺村さんのような創作的な仕事に憧れるようになりました。寺村さんの童話の挿絵を描くようにもなり、「独立したい」と、自分の思いを伝えたら「大きなスケッチブックいっぱいに絵を描いたら出版社を紹介するよ」と寺村さんに言われ、スケッチブックの隅から隅まで描いて持っていきました。そうして、「キンダーブック」など、子ども向けの月刊絵本に4ページくらいのお話の絵を描くようになったんです。

女性のたくましさを描きたい

会員登録後、インタビューの続きをご覧いただけます。

ミーテでは、スペシャルインタビューの他にも、子育てに絵本を取り入れている先輩ママ・パパのお声もたくさんご紹介していますので、ぜひ参考にしてみてくださいね。

さとうわきこさんのインタビューはまだまだ続きます。

『せんたくかあちゃん』

▲女性のたくましさを描いたという『せんたくかあちゃん』(作・絵:さとうわきこ、福音館書店)

最初に絵本となって世に出たのは『おつかい』でしたが、それ以前に月刊誌に描いていたのが『せんたくかあちゃん』です。ここに出てくるかあちゃんは、私の母によく似ています。母は大変たくましい人。父が亡くなった後、苦労したと思いますが、私と姉をしっかり育ててくれました。

描いた当時はすでに洗濯機があって、絵本に出てくるように手で洗う家庭はなかったでしょうが、たくましいかあさんを描くには「これしかない」と。手でじゃぶじゃぶとたくさんの洗濯物を洗うなんて、たくましいでしょ。その頃、女性にたくましさがなくなってきていると感じたので、女性の強さを描きたかった。自分もたくましさを求めていたんだと思います。メソメソしていられないというか…。

『せんたくかあちゃん』では、落ちてきたカミナリの子もじゃぶじゃぶ洗われますが、私の本にはカミナリさんがよく登場します。それは、私が小さい時からカミナリさんが大好きだから。酸っぱい夏ミカンを食べる時期になると、カミナリが鳴る。怖いけれど、稲妻が光るのがきれいで、夏みかんを食べながら、家の窓にへばりついてずーっと見ていましたね。

さとうわきこさんのインタビューはまだまだ続きます。

 合わせて読みたい
ミーテに登録したらどうなるの?はこちら
スペシャルインタビュートップはこちら

ページトップへ