絵本作家インタビュー

vol.66 絵本作家 たんじあきこさん(後編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『ありさんぽつぽつ』や『春はあけぼの』など、キュート&ポップな絵で人気を集める絵本作家・たんじあきこさんです。憧れの女の子をイメージして絵本をつくられるというたんじさん。どんな女の子に憧れているのでしょうか? 子ども時代の絵本の思い出や、人気絵本の制作エピソードなどもお話しいただきました。
今回は【後編】をお届けします。(←【前編】はこちら

絵本作家・たんじあきこさん

たんじ あきこ

1972年、広島県生まれ、東京育ち。イラストレーター、絵本作家。絵本のワークショップ「あとさき塾」出身。NHK教育「英語であそぼ」内のショートアニメ『Yum.Yum.Yummy』のキャラクターデザインを手がける。主な絵本に『ゆきのひのチムニーちゃん』(学研)、『ありさんぽつぽつ』(主婦の友社)、『春はあけぼの』(文・清少納言、編・齋藤孝、ほるぷ出版)、『チコちゃんこまったこまったね』(ほるぷ出版)、『ナーベルちゃんとマーブルちゃん』(白泉社)など。『魔女とふしぎな指輪』(フレーベル館)などの挿絵も手がけている。

憧れの女の子を絵本の主人公に

『チコちゃんこまったこまったね』

▲何でもできちゃうスーパー女の子・チコちゃんにも、ひとつ苦手なものが……。『チコちゃんこまったこまったね』(ほるぷ出版)

絵本をつくるときはたいてい、憧れの女の子のイメージから入ることが多いですね。私自身が劣等感だらけなので、わりと憧れが強くて……こんな女の子がいたらいいなとか、こんなお友だちがいたらいいのになとか、そういうところから始めます。

といっても、見るからに華のある子とか、誰もが認める特別な子に憧れるわけではないんです。そういう子は眩しすぎて、憧れを通り越してしまうんですよ。私が憧れるのは、些細なことでも、みんなが笑顔になれるようなことに気がつける子とか、目立たないけど、これだけは私に任せて!という何かを持っている子。あと、いじわるな子でも、まわりを「おっ!」と思わせるような愉快ないじわるをする子なら、憧れちゃいます。臨機応変にアイデアを出して、それを生かしていける子もいいですよね。

『チコちゃんこまったこまったね』のチコちゃんは何でもできる女の子で、困難にぶつかっても「だーいじょうぶ だいじょうぶ」と乗り越えていきます。でも、そんな子でも、苦手なことはあるはず……そんな思いから、大嫌いなにんじんを前に困ってしまう様子を後半に描きました。

実は、私もにんじんが大の苦手で、今でも食べられないんです。チコちゃんは無理矢理一口食べるんですけど、私だったらあの一口すら食べられないんじゃないかな(笑)

でも、そういうところもあるっていうのが、人間らしくていいなと思うんですよ。だから、「苦手なにんじんも食べられるようになりました」という結末ではなくて、「がんばって一口食べたけど、やっぱりだめでした」という結末にしたんです。これを読んだ子どもたちが、少しくらい苦手なことがあってもいいよねって、自分を肯定できるといいなって思います。

絵本の中に漂う空気感を大事にしたい

絵本作家・たんじあきこさん

子どもの頃はいろんな絵本を読みましたが、中でも大好きだったのがディック・ブルーナさんの「うさこちゃん」のシリーズでした。「うさこちゃん」には、なんていうか、いい空気感が漂っているというか……入り込める空間があるように感じてたんですね。だから自分の絵本も、読む人が入り込めるものにしたいなぁと、いつも意識してつくっています。

でも、絵本の空気感みたいなことって、簡単に説明できることではないので、つくるのも難しいんです。絵をシンプルにすれば入り込めるのかっていうと、それも違いますからね。ただ、子どもの頃に読んだ絵本の空気感みたいなものを今でもすごく覚えているっていうことは、よほど強く感じたことだったんだろうなと思うんですね。そこはやっぱり大切にしていきたいなと。

だから今も、どういう風にすればいい空気感を出せるのかはわからないんですけど、子どもの頃の自分を基準にして、ここは入り込めるなとか、これはちょっと違うなとか、常に気にしながら描くようにしています。

いい空気感の漂っている絵本は、1ページだけでもずっと見ていられるんですよ。時間を気にせず、ゆったりと絵本の1ページを楽しめるっていうのは、すごく幸せなこと。そんな風に楽しんでもらえる絵本をつくれたらうれしいですね。

親子の心を結ぶ、素敵な絵本の時間

絵本作家・たんじあきこさん

うちの母は働いていたので、いつでも絵本を読んでもらえるわけではなかったんですね。だから絵本を読んでもらえる時間というのは、とても特別でした。母がいないときは、カセットテープに録音しておいてくれた『エルマーのぼうけん』などのお話を、姉妹で繰り返し聞いてました。いつも読んでもらっているので、めくるタイミングもわかるんですよ。声だけをひたすら聞いていることもありました。

子どもの頃のことを振り返ると、家族みんなで出かけるということもあまりなかったし、遊んでもらった思い出もそれほどないんですけど、絵本を読んでもらったときの幸せな気持ちは覚えているので、それだけでも十分かなって思っているんです。つらいことがあったときは、絵本を読んでもらったときのことを思い出す……なんてことは別にないんですけど、そういう幸せな時間の記憶が心の奥底にあるのとないのとでは、大きく違いますよね。

絵本はそんな、親子の幸せな時間をつくるためのツールだと思うんです。絵本を一緒に楽しめるって、すごく素敵なことじゃないですか。その素敵な時間の記憶を、大切にしていけるような大人になってほしいですよね。そしてその記憶とともに、ちょっとだけでも思い出して、にこっと笑ってもらえるような、そんな絵本をつくっていけたらと思っています。


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