絵本作家インタビュー

vol.65 絵本作家 山口マオさん(後編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『わにわにのおふろ』をはじめとする「わにわに」シリーズでおなじみの絵本作家・山口マオさんです。味わいのある木版画で描かれたお茶目でワイルドな「わにわに」は、ミーテでも大人気! 「わにわに」の誕生エピソードや絵本づくりで大切にしていること、絵本の魅力についてなど、たっぷりとお話しいただきました。
今回は【後編】をお届けします。(←【前編】はこちら

絵本作家・山口マオさん

山口 マオ(やまぐち まお)

1958年、千葉県生まれ。東京造形大学卒業。イラストレーター、画家、版画家として、木版画を中心に、絵本、雑誌、広告、グッズなど、さまざまな分野で活躍する。主な絵本作品に『なりました』(文・内田麟太郎、鈴木出版)、『わにわにのおふろ』『わにわにのおでかけ』などの「わにわに」シリーズ(文・小風さち、福音館書店)、『はっぱみかん』(文・風木一人、佼成出版社)、『はすいけのぽん』(文・古舘綾子、岩崎書店)、『オオカミがやってきた!』(文・うちだちえ、童心社)などがある。

浮世絵的な表現『はすいけのぽん』

『はすいけのぽん』

▲蓮の花は咲くときに音を立てるって、本当…? 蓮の花が咲くまでの様子を情緒的に描く『はすいけのぽん』(文・古舘綾子、岩崎書店)

蓮の花は、「ぽんっ!」と音を立てて咲くらしい――『はすいけのぽん』は、蓮の花が咲くまでの間にその周辺で繰り広げられる動物や虫たちとの風物詩を、情緒的に描いた絵本です。

どんな植物でも花が開くときっていうのは特別な感じがあると思うんですけど、とりわけ蓮の花の、あのぷっくりとしたつぼみが開く瞬間っていうのは、いかにも何か起こりそうな雰囲気がありますよね。作者の古舘綾子さんもそんなところを描きたかったんだと思うので、僕もそこに乗っかって絵を描きました。雨の表現なんかはやや浮世絵的な感じにして、全体的に渋めの色合いで仕上げています。

お話の中では、小鬼が提灯を持ってやってくるシーンだけ非現実で、ほかはすべて実在する生き物を描いてるんですけど、小鬼のシーンがあることで、蓮の花が開くことの神秘性みたいな部分が盛り込めたのかなって思っています。

絵本の制作方法の話をすると、僕の場合は木版画なので、できあがるまでにいくつもの工程があって、結構手間がかかるんです。1冊の絵本をつくるのに、だいたい15点の絵を描くんですけど、1点あたり4枚の版木を使うんですね。なので全部で60枚くらいの版木に、絵を描き写して彫って色をのせて刷って……まともにゆっくりやってたら1年がかりの作業なんです。でも時間がないので集中的にがんばって、3ヶ月ぐらいで仕上げるようにしているんですけどね。

本当に大変な作業だけれど、ひとつの作品として仕上がって、絵本という形でたくさんの方たちに見てもらえるっていうのはいいですよね。雑誌や広告の仕事は一過性のものだけど、絵本は何度も手にとってもらえるでしょう。これは、制作の苦労を超える魅力だと思います。

しつけ絵本としては最悪!?『わにわにのおふろ』

『わにわにのおふろ』は、しつけや教育という観点から見たら、実は最悪の絵本なんですよ。体も洗わずにじょろーんと湯船に入ってしまうし、石けんの泡を飛ばして遊びだすし、シャワーをマイク代わりにして歌ったり、洗面器をかぶったりと、もうやりたい放題。そのあとまた湯船に入ってあたたまるんだけど、その前にどうも石けんの泡を流している気配がなくて……たぶん、泡だらけのまま入っちゃってるんですね。最後は、散らかしたままお風呂を出て、タオルでぐにぐにやって、おしまい。お風呂の入り方としては、最もやってほしくないことをやってしまっている絵本なんです。

わにわにのおふろ

▲楽しさいっぱい、やりたい放題のお風呂タイム『わにわにのおふろ』(文、小風さち、福音館書店)。真似したい子も多いのでは?

だから『わにわにのおふろ』は最初、お母さんたちからは警戒されていたみたいなんですよね。あまりに行儀が悪いし、見た目もちょっとこわい。こんなの子どもに見せて大丈夫かな?って。でも、幼稚園や保育園で先生方が読み聞かせをしたら、子どもたちが何度も繰り返し「これ読んで」って持ってくるようになったらしくて。リピート率がすごく高かったそうなんですよ。

子どもたちとしては、お風呂で好き勝手してしまうわにわにが、なんだかうらやましかったんでしょうね。まるで自分がやっているかのような爽快感を感じた子もいたんでしょう。きっと子どもたちだけで好きなようにお風呂に入ったら、こんな感じになると思うんですよ。お風呂の楽しさって、こういうところにあるわけだから。

だから、お風呂の入り方やマナーを教えるには最悪な絵本だろうけど、「わにわにさん楽しそうだね」「僕もわにわにみたいにお風呂に入る」みたいな感じで、お風呂嫌いな子でもお風呂に入りたくなる絵本、ではあるかもしれませんね。マナーがどうこうというより前に、まずお風呂に入ってくれないことには、どうしようもないですからね(笑)

絵本はいろんな人生を疑似体験させてくれる

絵本作家・山口マオさん

僕の子どもは大学生が2人と高校生が1人で、子育ては半ば終わっちゃったようなものなんですが、子どもたちが小さかった頃は、僕もよく絵本の読み聞かせをしてたんですよ。

絵本を読み聞かせしていると、子どもたちはその中で自然と言葉を覚えていくんですよね。絵本とはいえ、わりと大人っぽい言い回しも出てきたりするし、感情表現もさまざまで、それぞれのシーンに合う言葉があったりするじゃないですか。絵本を読むうちに、そういうのが自然と身についていくんです。別にお勉強のために絵本を読むってわけではないけれども、絵本から自然に学べることはたくさんあると思います。

中でも一番大切なのが、疑似体験。大人になると、映画やドラマを見たり、小説を読んだりすることで、いろんな人生を疑似体験するようになりますよね。絵本っていうのは、子どもが一番最初に疑似体験を味わう場だと思うんです。子どもたちは絵本の中で、現実の世界では体験できないことをたくさん体験して、いろんな気持ちを味わう。それってすごく貴重なことですよね。

子どもが寝る前の“親子劇場”を毎晩繰り返して365日を過ごすっていうのは、子どもにとっても大切な時間だし、最終的には親にとっても、すごくいい経験になるはず。大変だけど、続ける価値はあると思いますよ。


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