絵本作家インタビュー

vol.24 絵本作家 やなせたかしさん(後編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、「アンパンマン」の生みの親・やなせたかしさんです。『手のひらを太陽に』の作詞家でもあり、雑誌『詩とメルヘン』編集長としても活躍されたやなせさんは、今年90歳。アンパンマンのキャラクターはなんと2000を越えるそうです。大人気キャラクターはいかにして生まれたのか、たっぷり語っていただきました。
今回は【後編】をお届けします。 (←【前編】はこちら

絵本作家・やなせ たかしさん

やなせ たかし

1919年、高知県生まれ。東京高等工芸学校図案科卒業。高知新聞社、三越宣伝部を経て、53年に独立。73年、絵本『あんぱんまん』(フレーベル館)を刊行、88年、「それいけ!アンパンマン」としてテレビアニメ化。また、73年より30年間にわたり、雑誌「詩とメルヘン」(サンリオ)の編集長を務めた。いずみたく作曲のポピュラー・ソング『手のひらを太陽に』の作詞者としても知られる。90年、勲四等瑞宝章受賞。95年、日本漫画家協会文部大臣賞受賞。日本漫画家協会理事長。

戦争を経験して考えた「本当の正義」

絵本作家・やなせ たかしさん

※やなせたかしさんは2013年10月13日にご逝去されました。故人のご功績を偲び、心からご冥福をお祈りいたします。

僕は昭和16(1941)年に徴兵されて、終戦まで兵隊として戦争を体験しました。泥の中を歩きまわったり、夜も寝ないで交信したり、非常につらいことばかりでした。でも、どんなにつらいことがあっても、一晩寝ればだいたいなんとかなります。ところが空腹というのは、我慢できないんですね。そんな体験から、一番大事なのはまず食べられることだと思ったんです。

それから、敗戦を経験して、本当の正義とは一体なんなんだろうと考えたんですね。それまで正義の軍隊だったはずの日本軍が、戦争が終わったとたん、中国から悪魔の軍隊だと言われるわけです。正義というのは国によって違う、非常に頼りないものだと感じました。今もイスラエルとアラブが戦っていますが、イスラエル側にとっての正義とアラブ側にとっての正義は違うんですよね。でも、本当の正義というのは、相手にミサイルをぶち込むようなことではありません。そこに飢えて苦しんでいる人がいれば、その人を助ける。それが本当の正義の味方なんです。たとえば山で遭難している人、あるいは地震で動けなくなっている人を助けるには、どうしたらいいか。100万円あげたって、流行の服をあげたって、救うことはできません。ほしいのは、一切れのパンなんです。だから、一切れのパンをあげる人が正義の味方なんだ、そう思ったんです。

パンの中でも、子どもの頃好きだったアンパンがいいと思って、『あんぱんまん』をつくりました。はじめは、主人公はアンパン自身ではなくて、アンパンを配るおじさんだったんですよ。でもやっぱりアンパン自身が飛んだ方がおもしろいということで、アンパンの顔をした「あんぱんまん」が生まれました。「傷つくことなしに正義は行えない」そんな思いから、「あんぱんまん」は自分の顔を食べさせることで、ひもじい人を助けます。

最初この絵本は評論家からも編集者からも不評だったんですが、その後、幼稚園や保育園の子どもたちの間でじわじわと人気になりました。子どもが認めてくれたから、「あんぱんまん」は世に出てくることができたんですよ。

アンパンマンとばいきんまん、どちらもいるのが健全な社会

『あんぱんまんとばいきんまん』

『あんぱんまんとばいきんまん』(フレーベル館)。雲の上のばいきんまん退治に出かけるあんぱんまんのお話。

アンパンマンをご覧になっている方はよくご存じかと思いますが、アンパンマンはとても弱いんです。雨にちょっと濡れてもだめ、顔がちょっと変形してもだめ、すぐジャムおじさんに知らせて直してもらわないと戦えない。ヒーローといっても我々と同じで、弱いんです。でも、いざというときはやるわけですよ。

「アンパンチ」でやっつけるシーンについては、「暴力で解決するのはよくない」という人もいますが、相手はばいきんまん、つまりばい菌です。風邪をひくと、ウイルスにやられますよね。そういうとき、ウイルスがかわいそうだからやっつけないというわけにはいきません。風邪薬を飲んだりうがいをしたりして、ウイルスをやっつけないといけない。でもそれでウイルスは死んでしまったかというとそうでもなくて、しばらくするとまた風邪をひいたりしますよね。

つまり、我々は絶えず戦いを繰り返しているんです。そしてその中で、免疫力をつけて強くなっていく。ばい菌のまったくいない無菌室で育ったとしたら、その子どもは無菌室から出たとたん死んでしまうかもしれません。

アンパンマンでも、ばいきんまんはアンパンチでやっつけられるけれど、翌週また平気な顔をして出てきます。両者は絶えず戦っていて、だからこそ活力が生まれるんです。腸の中にだって善玉菌と悪玉菌がいるし、コレステロールもいいコレステロールと悪いコレステロールがあるでしょう。双方のバランスがちょうどよくとれていてこそ、健全なんだと思います。我々の社会だって同じですよね。

読み聞かせで大事なのは「間」をとること

絵本作家・やなせ たかしさん

絵本というのは、アニメーションと違って、全部は描かれていません。たとえばアンパンマンが「アンパーンチ!」と言うとき、アニメーションなら実際にパンチして相手が倒れるところまで描かれているけれど、絵本の場合、こぶしを突き出したところしか描かれていなかったりします。つまり、自分の想像するシーンがあるわけですね。

ですから、絵本の読み聞かせの場合、大事なのは「間」をとることです。たとえば「ばいきんまんが現れた!」と読んだとき、ばいきんまんは一体どんな風に現れたのか、聞いている子どもは頭の中で想像するんですね。なので、そこでちょっと待ってあげる。そこで間をとらずにどんどん読み進めてしまうと、聞いている側はわかんなくなってしまいますからね。

読んでいる途中で、「なぜでしょう?」とか「さてこの先はどうなるでしょう?」と問いかけてやるのもいいと思います。そうすることで、子どもは次の展開を想像します。それと、読み聞かせをするお母さんお父さんには、ぜひ子どもの表情を見てほしいですね。子どもが喜んでいるところで間をとるのもいいでしょう。

絵本の読み聞かせは音楽と一緒で、急いで読むところとゆっくり読むところ、緩急をつけることが大切だったり、アクセントや休止符が必要だったりします。はじまりはゆっくりやさしく、クライマックスに向かって盛り上げていって、最後はすっと落とす。まさに音楽ですよね。中でも一番大事なのが休止符、つまり「間」です。少しぐらい読むのが下手でも、間がうまくとれていれば、子どももちゃんと聞いてくれますよ。


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