絵本作家インタビュー

vol.7 絵本作家 中川ひろたかさん(後編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェ インタビュー」。今回は、多彩な顔ぶれの画家・イラストレーターとともに110冊以上の作品を生み出してきた絵本作家・中川ひろたかさんにご登場いただきます。元保育士で、子どもの歌の作曲家でもある中川さん。その活動の原点や、絵本づくりにおけるエピソードなどを、テンポよくユーモアを交えながら語っていただきました。
今回は【後編】をお届けします。 (←【前編】はこちら

絵本作家・中川ひろたかさん

中川ひろたか(なかがわ・ひろたか)

1954年、埼玉県生まれ。シンガーソングライター、絵本作家、カフェ店主など、多方面で活躍中。上智大学法学部中退後、千早子どもの家保育園で日本初の男性保育士に。1987年、みんなのバンド「トラや帽子店」を結成。「世界中のこどもたちが」「ともだちになるために」など、子どもたちに広く親しまれる楽曲を数多く手がける。1995年『さつまのおいも』(童心社)で絵本作家デビュー。主な絵本に「ピーマン村」シリーズ(童心社)、「こぶたのブルトン」シリーズ(アリス館)など。2005年、『ないた』(金の星社)で第10回日本絵本賞大賞を受賞。

これまで組んだ絵描きさんは30人以上!

だじゃれどうぶつえん だじゃれすいぞくかん

▲高畠純さんとの『だじゃれどうぶつえん』『だじゃれすいぞくかん』(いずれも絵本館)

『さつまのおいも』(童心社)

▲中川さんの絵本作家デビュー作『さつまのおいも』(童心社)。絵は村上康成さん

この前数えてみたら、今まで30人以上の絵描きさんと組んでたね。絵本は110冊くらい。110(百獣)の王(笑)。

1冊1冊、いろんなエピソードがありますよ。『だじゃれどうぶつえん』のシリーズはね、高畠純さんのカレンダーに言葉をつけないかって最初に言われたの。でもそれは絵だけで笑わせるような作品だから、言葉をつけるのは蛇足って気がしてね。それなら僕がだじゃれを書いて、それを絵で表現してもらったらどうかって提案して。「とど!」って字で書いてあるだけじゃわからないけど、絵でトドが殿の格好をしてればわかるでしょ(『だじゃれすいぞくかん』より)。絵本は言葉と絵で成り立ってるものだから、言ってみれば究極の絵本なんだよね。お互いが必要としてて、片方だけでは存在できないわけだから。

絵本作家としてのデビューは、1994年。ベネッセの「こどもちゃれんじ」で歌を作ってたとき、本誌の編集者に会う機会があって、思わずその場のノリで「俺にお話書かせてみない? すごーくいいの書くよ」なんて言ったの。書いたこともないのにね(笑) そしたらその後、いもほり遠足の話を書いてほしいって依頼がきて。

1週間考え続けて書いたのが『さつまのおいも』。歌なんか1日でつくっちゃうのにね。さすがに絵本は難しいなって思ったんだけど、でもうまくいったんだよね。それで、絵を描いた村上康成さんのつてで、童心社から単行本として出ることになった。「こういうナンセンスなユーモアのある絵本は少ないから、すごくいい」って言ってもらえたんだ。

ただひとつ、「倍の長さがほしい」って注文がついて。もともとはおいもが抜かれて「わたしたちのまけでごわす」でおしまいだったんだよね。おいもにも人生があるけど、人はそんなこと無視して食べている。そういうのを知っておくのは悪いことじゃないなって思ってね。でも、長くするなら逆襲でしょう。「わたしたちのかちでごわす」って。最初からあったようにうまくまとまったんだけどね。後半はもうあっという間にできたよ。そんな感じで絵本をつくるようになったんだよね。

長新太さんとの思い出

『ないた』(金の星社)

▲第10回日本絵本賞大賞を受賞した長新太さんとの作品『ないた』(金の星社)

絵本づくりのときは、「ここの文にはこんな絵を」っていう指定はあんまりしないようにしてるの。文章だけ用意して、任せる。赤ちゃん絵本みたいに言葉があんまりにも少ない場合は多少補足を入れるけど、あとはほとんどしない。自由に描いてもらうのね。

でも、『ないた』のとき、長新太さんに描き直しをお願いしたことがあったのね。ほんとにめずらしいことなんだけど。実はこの頃、長さんはがんで2度目の入院をしてるんだよね。すごく責任感のある人だから、自分が入院したことで本が出なくなるのはよくないってことで、入院する直前まで描いて、というか、描きあげてから、入院したの。すばらしい絵を描いてくれたんだけど、ただ1点、気になるところがあったんだよね。

お母さんが涙するシーンなんだけど、長さんの絵だと、お母さんは子どもに顔を背けて一人で泣いてるわけ。子どもは「おかあさんどうしたの?」って顔して見てるの。それだと、お母さんにはつらいことがあるんだけど、子どもには黙ってる、という感じに見えたんだよね。

でも僕が書きたかった涙はそういうんじゃなかった。母親と布団の中に入って、顔を向けて話をしてたら、母親がつーって涙を流したわけよ。それでよく拭いてあげて……っていう、僕の子どものころの思い出が、この絵本をつくる一番最初のきっかけだったからね。思い入れのあるシーンだから、やっぱりここは子どもの方に顔を向けてもらわなきゃいけない。しかもその絵は背景が真っ青で、冷たい感じだったのね。そうじゃなくて、すごーくあったかい空気を感じさせてほしかった。それで、どうしようかって編集者と悩んだんだけど、待とうよってことになって。そしたら長さん、退院後、驚異の快復力で描き直してくれたんだよね。

作家にとって、描き直しほどいやなものはない。僕なんか書き直しって言われただけで入院したくなっちゃう(笑) それを退院した直後に描き直しだよ。すごいことだよね。でも僕の意見を重視してくれてね。長さん、「テキストが短くてね」って言ったらしいよ。僕が書き込まないから、そういう解釈したんだって。その解釈の違いだね。

長新太さんの顔真似をする中川ひろたかさん

▲長新太さんの顔真似をする中川ひろたかさん

その後も長さんとは、「はなちゃん」のシリーズ(主婦の友社)を3冊描いたの。長さん、2度目の退院のあとも結構仕事をしてたんだよね。編集者が長さんに原稿を見せたら、「中川さんはなんで主人公をはなちゃんって名前にしたんだろうね」って言ったんだって。3番目の子どもが生まれたらはなちゃんって名前にするつもりだったからなんだけどね、偶然、長さんのお孫さんの名前もはなちゃんだったらしくて。これは孫のためにも描かないとって思ったみたい。自分はもうそう長くはないってことは知ってただろうから、おじいちゃんからの最後のプレゼントというつもりでいたはずだよ。それを3冊いっぺんに描いて、そのあと亡くなったんだよね。

一周忌のとき、はなちゃんとその家族もいて、すごく感謝されたんだ。それまでは、おじいちゃんのつくった絵本を読み聞かせるとき、「けんちゃん」が主役の絵本でも、「これ、はなちゃん?」って指さして聞かれると「そうだよ、はなちゃんだよ」って言って読んでたんだって。そんな風にして読んだりするじゃない。でも、本当のはなちゃんだよって言える絵本が描けるって、長さん、喜んでたらしい。「似せないように描いてるんだけど、どうも似てきちゃう」って言ってたんだって。

絵本や歌は、親子が仲良くなるための道具

▲SONGBOOKcafeの人気メニュー、シフォンケーキ

いろんな人たちが言ってるかもしれないけど、絵本っていうのは、コミュニケーションの道具だと思うんですよ。お母さんがおもしろいと思ったものを、おもしろいのがあるよって子どもに読んで聞かせる。親子が仲良くなるための道具なんだよね。

それは絵本に限ったことじゃなくて、歌でもいい。テレビでも映画でもいいんです。一緒にCDを聴いて、笑う。テレビや映画をおもしろいねって、一緒に見る。親子ってそうやって仲良くなれると思うのね。

鎌倉にある僕の店「SONGBOOKcafe」は、その名の通り歌と絵本を楽しめるカフェなんだ。前にあべ弘士さんと「雑誌を作ろう!」って話で盛り上がったことがあってね。雑誌をつくるなら、在庫を置く倉庫が必要だね、倉庫になるスペースを確保したら、そこに自分たちの絵本とか、これまでかかわってきた人たちの絵本も置きたいよね、どうせなら絵も飾って売りたいね、お茶とかもできたらいいよねって……それが形になったのが、SONGBOOKcafe。親子でお茶でもしながら、絵本と歌を楽しんでもらえたらうれしいよね。

SONGBOOKCafe SONGBOOKCafe
http://www.songbookcafe.com/
神奈川県鎌倉市笹目町6-6 大栄ビル1階
TEL・FAX: 046-725-0359
営業時間:午前11時~午後5時 火・木定休

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