絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、植木鉢が主人公の『ポットくんのおしり』など、楽しいガーデニング絵本で知られる作家・石倉ヒロユキさんです。園芸好きが高じて家族で渡英、本場英国の庭園を250箇所以上巡り歩いたことがあるという石倉さん。ポットくん誕生の裏話や絵本の選び方などについてお話しいただきました。
今回は【前編】をお届けします。 (【後編】はこちら→)
1956年、島根県松江市生まれ。多摩美術大学絵画科卒。グラフィックデザイナーとして活動後、97年、家族でロンドン暮らしを体験。その時期に夫婦で制作した『ポットくんのおしり』(文・真木文絵、福音館書店)で絵本作家デビュー。「文具絵本」シリーズ(コクヨS&T)、「ママと赤ちゃんのたべもの絵本」シリーズ(岩崎書店)、『トマトひめのかんむり』(ひかりのくに)、『おべんとくん』(ひさかたチャイルド)などの絵本のほか、園芸関係の著作も多数ある。
僕が美術大学の学生だった頃、大人も読める創作絵本がブームになったんですね。『詩とメルヘン』が創刊されたり、海外の翻訳絵本もたくさん入ってきたりした時期です。そのブームの中、僕も大学の絵本創作研究会に入会して、絵本をつくっていました。でも当時は子どものことなんて全然考えてませんでしたね。思い返してみると、誰も考えてなかったんじゃないかな。大学生って自分がまだ子どもですから、子育てというのは想像つきませんしね。ただ、本という形態や、自分の世界観を表現できるということに魅力を感じていたんです。絵本をつくって年に1回展覧会をしていました。
テニス同好会に入っていた学生がプロのテニスプレイヤーになろうなんて思わないのと同じように、卒業後、僕は絵本作家になる気はなくて、イラストレーターになりました。主にファッションもののイラストレーションを描いていたので、今絵本で描いている絵とは全然違うんですよ。
絵本をつくることになったのは、子ども番組のディレクターをやっていたうちの奥さん(「ポットくん」シリーズなどで文を手がけている真木文絵さん)がいつか絵本をつくってみたいと考えていたから。僕は小さい頃の絵本の記憶なんてほとんどないんですが、彼女は国内海外を問わず、昔の福音館の本はたくさん持っていて、かなりの絵本好きだったんです。
絵本のほかに好きだったのが、園芸。これは僕も奥さんも好きで、ベランダにはいつもたくさん植木鉢がありました。それで、今から10 年前のことなんですが、息子も連れて家族でイギリスに行くことにしたんです。その頃ちょうどガーデニングがブームになっていたので、それに乗ったというのもあるかな。目的はガーデン巡りでした。
せっかくイギリスに行くならそれまでの仕事は何も持たずに行こう、と決めていたんですが、何も持たずに海の向こうにいくわけにもいかない。それで、僕と奥さんで、絵本1冊とエッセイ2冊分の企画を通してからロンドンに行ったんです。6行くらいのプロットと、植木鉢のポットくんの絵を2カット描いただけだったんですけど、福音館の編集者の方が描いてもいいよって言ってくれたんです。
▲ミミズの生態や、環境にはたす役割を知ることのできる、楽しいガーデニング絵本『ポットくんとミミズくん』(福音館書店)
イギリスのガーデニングシーズンは3月から9月の終わりくらいまでなので、その間にとことんガーデン巡りをして、冬の間は日本に帰って仕事。次の年には、ブリテン島(イギリス本土)とアイルランドを車で2ヶ月かけて旅しました。
『ポットくんのおしり』は、イギリスにいる間に、キッチンのダイニングテーブルの上で、当時4歳だった息子と描きました。仕上げたのは帰国してからですけどね。それまで描いていたインパクト勝負のイラストレーションと違って、絵本は何度も読むわけですから、長い時間見てもらえるだけの耐久性のある絵が必要なんですよね。何枚も描かなくちゃいけなくて大変だし、はじめのうちは、本当に効率の悪い仕事だなぁなんて思いながら描いていました。
ただ、息子との時間は楽しかったですね。海外で描かれた絵本の多くは夫婦が娘のためにとか、甥っ子のためにとか、そういう近い関係の中でつくられたものでしょう。だから僕も、最初の絵本はそれぐらいのつもりでした。息子の顔を小さく窓の中に描いたりもしましたよ。
でも、最初に『ポットくんのおしり』の見本誌ができあがってきたとき、「文・真木文絵、絵・石倉ヒロユキ」と書いてあるのを見て、息子は「なんで自分の名前がないのか」って泣いちゃったんです。自分も一緒に描いてるつもりだったんですね(笑)
▲「ママと赤ちゃんのたべもの絵本」シリーズの最新作『コンコンたまご』(岩崎書店)
僕はいつも、自分から遠いところのものをなるべく描かないようにしてるんですよ。毎日の生活の中で、愛着や興味が強いものの方が上手く描けるし、その方が伝わるに決まってますからね。
子どもが遊ぶとき、自分の手の届く範囲にばーっとおもちゃを広げて、そこにバリアがあるかのようにその世界にどっぷり浸るじゃないですか。大人だって、こたつに入ってリモコンやら食べ物やらを全部手の届くところに置いておいたりしますよね。僕にとっては絵を描くのも同じで、資料をじっくり調べて描かないといけないものだと、その向こうにあるものまで描けません。だからやっぱり身近なものを描いていたいんです。
『ポットくんとミミズくん』ができたのも、うちの奥さんがミミズをペットとして何年か飼っていたから。ミミズが主人公の絵本なんて、ありませんよね。競合のいない分野の絵本なんです(笑) 最初僕は、若いお母さんや幼稚園の先生から「ミミズなんて」と言われるんじゃないかと思ったんですけど、いざ出してみたら結構反響がよかったんです。ミミズは害虫ではなくて、非常にピースなヤツなんだっていうのを若いお母さんや幼稚園の先生たちもなんとなくわかっていたんでしょうね。今の時代のエコな感覚からすると、本当はいやだとしても、嫌いって言いにくいのかもしれません(笑)
これまでにつくってきた絵本は、ガーデニング絵本以外だと、食べ物を取り上げたものも結構あります。野菜や果物、パン、おむすび、お弁当とか。僕にしても奥さんにしても、ファンタジー系は無理な気がしますし、生活の中で出会うものをテーマに、子どもたちが何かを見つけるきっかけになるようなシンプルな絵本を出していこうと常日頃考えています。
……石倉ヒロユキさんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→)