絵本作家インタビュー

vol.89 絵本作家 松岡達英さん(前編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、自然観察描写の第一人者として、数多くの自然科学絵本を生み出してこられた松岡達英さんです。ミーテでは『ぴょーん』や『しりとり』など、赤ちゃんから楽しめる絵本でも人気の松岡さん。新潟県長岡市川口のアトリエ兼ギャラリーで、少年時代のお話から自然科学絵本の魅力まで、たっぷりと伺ってきました。
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→

絵本作家・松岡達英さん

松岡 達英(まつおか たつひで)

1944年、新潟県生まれ。自然科学、生物のイラストレーター、絵本作家として活躍中。『すばらしい世界の自然』(大日本図書)で厚生省児童福祉文化賞、『熱帯探検図鑑』(偕成社)で絵本にっぽん賞、『ジャングル』(岩崎書店)で厚生省児童福祉文化賞と科学読物賞、『里山百年図鑑』(小学館)で小学館児童出版文化賞を受賞。主な作品に『ぴょーん』(ポプラ社)、『だんごむし うみへいく』(小学館)、「あまがえるりょこうしゃ」シリーズ(福音館書店)など多数。 アトリエ.グリーンワークス http://www.gw-gallery.com/

自然に助けられた少年時代

アトリエ.グリーンワークス ギャラリー「絵本の家」

少年時代は新潟県の長岡市で、川や野山を駆けまわって過ごしました。友達の影響で蝶を捕るようになってから、昆虫採集にはまってね。長岡には60種類ほどの蝶がいるんですが、自分が知っているのは5種類だけだったので、全部捕ってみたいと思うようになったんです。それからは、ひとりで山に行っては、夢中になって蝶を探しまわる日々でした。

アルフレッド・ウォーレスという進化論を唱えた学者の本にも、刺激を受けましたね。小学4年生の頃、その本で南洋諸島の昆虫の美しい版画を見て、大きくなったらこんな昆虫を全部捕ってまわりたいと夢見るようになったんです。中学校の図書館では、北隆館から出ている『世界の蝶』という図鑑に出会ってね。世界にはこんな大型の蝶がいるんだとわかって、さらに夢が膨らみました。

つかまえた蝶や昆虫は、標本にもしたんですが、観察して絵に描くことも多かったですね。植物なんかもよくスケッチしていました。観察力と描写力、見たものをスピーディーに描く力は、その頃からの積み重ねで身につけてきたんですよ。

これまでの人生を振り返って思うのは、子どもの頃から、自然というものにたくさん助けられてきたなということ。けんかで負けて涙を流しているときでも、地面を這う蟻を見つけてうれしくなったりしてね。昆虫たちを観察することで、つらいことからもエスケープできたんですよ。絵がうまくなったのも、自然を追究していたからですしね。

少年時代から培ってきたことがすべて、今につながっています。生まれ育った長岡という土壌がよかったんでしょうね。

新潟県長岡市川口のアトリエ兼ギャラリー。ギャラリーには、松岡達英さんの絵本や直筆の絵画、ユーモアあふれる工作作品がずらりと並んでいます。

▼グリーンワークス ギャラリー「絵本の家」
http://www.gw-gallery.com/?page_id=24

世界中の昆虫を追い求めて

ジャングル

▲コスタリカのジャングルで観察した珍しい生き物を精密なイラストで紹介。『ジャングル』(岩崎書店)

子どもの頃にいくら昆虫採集に夢中になっても、普通は高校生ぐらいになると、きれいさっぱり忘れちゃう人がほとんどですよね。でも僕の場合、それがその後もずっと続いてたんです。絵を描くことも同じくらい好きだったので、東京の専門学校で絵の勉強をして、卒業後はデザイナーとして働きました。

道が開けたのは、友達と新宿で展覧会をやったときのこと。僕の描いた自然の絵を、中学のとき出会った図鑑『世界の蝶』の出版社・北隆館の編集者が見てくれて、それがきっかけで昆虫や自然の絵の依頼を受けるようになったんです。そして25歳のとき、北隆館の知識絵本シリーズで絵本作家としてデビューしました。

30歳の頃には、外国の出版社からの依頼で、オーストラリアとニューギニアの間のアラフラ海に位置するアルー諸島に行きました。アルー諸島は、憧れのアルフレッド・ウォーレスが進化論に気がついた島です。そこでは、中学の頃『世界の蝶』で見た世界最大のアゲハチョウ、トリバネアゲハを見ることができました。

新潟県長岡市川口の風景

▲新潟県長岡市の風景

その後も僕は、アラスカ、中南米、アフリカなど、さまざまな地の自然を見てまわりました。世界中の昆虫を追い求めるという、少年時代からの夢を叶えたんです。

世界中をほとんどまわりきってからは、自分のコレクションの標本などを参考に絵を描いていたんですが、過去のものを利用して描くと絵にリアリティが出ないんですよね。それなら、少年時代を過ごした故郷の自然の中にもう一度戻ってみよう、それまでに身につけた知識で故郷の自然を見たら、また違う世界が見えるかもしれない ―― そんな風に思って、2000年、長岡市川口の魚野川を見下ろす丘の上にアトリエを設けました。

自然観察の中から絵本が生まれる

長岡市川口のアトリエで改めて故郷の自然と向き合ってみると、新たな発見がたくさんありました。子どもの頃は昆虫についての知識しかなかったけれど、今はもっと幅広く自然全般についての知識があるので、いろんなものが見えてくるんです。

たとえば、アトリエの入口の道を歩いていると、バッタが何匹も飛び出してくる。観察してみると種類が違っていて成虫だったり幼虫だったり、成虫なのに羽のないフキバッタだったりするんです。これは、図鑑を見ていただけでは体験できないことですよね。

くさはらどん

▲足を“どん”と踏み出すたびに、たくさんの生き物たちが飛び出してくる! 正確な描写で足元の自然を描く『くさはらどん』(福音館書店)

僕は近所の池や森に、週に1回か2回は必ず行って、自然を観察することにしています。そこに広がっているのは、まさに絵本の中の世界。足を一歩踏み出すごとに、『くさはらどん』で描いたような生き物たちの世界が広がっているんです。そしてそれらが「絵本にしてくれ!」とでも言わんばかりに、ストーリー性を持って現れてくる。だから僕は、ほとんど何も考えることなく絵本をつくることができるんです。

本物を見て描けるというのも、大きな利点ですね。図鑑や写真などの資料だと、裏側が見えないじゃないですか。でも、実物が目の前にあれば、どの角度からだって見ることができます。さらには、音とか匂いとか、ほかの生物との位置関係とか、ありとあらゆる情報がつぶさに入ってくる。自然絵本をつくるには、一番いい場所だと思いますね。

「あまがえるりょこうしゃ」シリーズ(福音館書店)をはじめ、最近つくった絵本の8割ぐらいは、アトリエの周りの自然をモチーフにしたものなんですよ。


……松岡達英さんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→


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