絵本作家インタビュー

vol.84 絵本作家 武田美穂さん(前編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『となりのせきのますだくん』などで人気の絵本作家・武田美穂さんです。かわいいキャラクターと明るい色彩で描かれた子どもの日常は、多くの子どもたちの共感を呼び、大人たちに懐かしさを感じさせます。今回は、絵本との出会いにまつわる大切な思い出や、武田さんならではの絵本づくり、絵本に込めた思いに迫ります。
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→

絵本作家・武田美穂さん

武田 美穂(たけだ みほ)

1959年、東京都生まれ。1992年に『となりのせきのますだくん』で絵本にっぽん賞、講談社出版文化賞・絵本賞、2001年に『すみっこのおばけ』で日本絵本賞読者賞、けんぶち絵本の里大賞、2007年には『おかあさん、げんきですか。』(文・後藤竜二)で日本絵本賞大賞を受賞(いずれもポプラ社)。そのほかの作品に「ますだくん」シリーズ、『きょうはすてきなくらげの日!』(ポプラ社)、『ありんこぐんだん わはははははは』『かげ』(理論社)、『ハンバーグハンバーグ』『パパ・カレー』(ほるぷ出版)などがある。

図書館で出会った絵本の“師匠”

絵本作家・武田美穂さん

子どもの頃の絵本の思い出というのは、実はあまりないんです。弟が生まれてから、お姉ちゃんとして「岩波の子どもの本」シリーズとかを一緒に読んだくらい。私が小さい頃には、今ほど絵本はたくさんなかったんですよ。

本格的に絵本と出会ったのは、もっと大人になってからのことです。大学を中退して、イラストの仕事をしようと持ち込みをしていたんですけど、それと並行して図書館のアルバイトをしていました。子ども室の担当になって、子どもたちに囲まれながら仕事をしていたんです。

その子どもたちの中に、ボス的な存在の子がいたんです。小学4年生ぐらいの女の子なんですけど、毎日図書館に来ている子だったから、新参者の私は彼女より地位が低くて…… 彼女から「これ読め」って本を渡されて、みんなの前でよく読まされたんですよ。「感情がこもってない」「下手くそ」なんて言われながらね(苦笑)

でも、そのときに読まされた絵本が、どれも本当にいい絵本ばかりだったんです。『よあけ』(福音館書店)の、朝になって湖畔の風景がパッと色変わりするシーンを見たときは、ぞくぞくしましたね。『やっぱりおおかみ』(福音館書店)や『トリゴラス』(文研出版)にも衝撃を受けました。私にとって“絵本”のカテゴリーとは大きく外れるものでしたから。そうか、絵本はここまで自由度の高い表現媒体で、いろんな可能性を秘めているんだ ―― そう気づいて、感動しました。

私が絵本作家を目指すようになったのは、図書館での彼女との出会いがあったからこそ。彼女は私にとって絵本の“師匠”なんです。

「ますだくん」シリーズに出てくる、内気な“みほちゃん”

ますだくんとまいごのみほちゃん

▲人気の「ますだくん」シリーズ第5弾『ますだくんとまいごのみほちゃん』(ポプラ社)

「ますだくん」シリーズに登場する“みほちゃん”は、つい出来心で自分と同じ名前をつけてしまったんですけど、実際子どもの頃の私って、ああいうタイプだったんです。勉強もだめだし、体育もだめだし、給食もだめ。内気で、隣の席の男の子にビクビクしちゃうような女の子でした。

ただ私は、絵を描くのが大好きだったんですね。幼稚園の頃から、見よう見まねで紙芝居をつくったりしていて、小学校でもよく絵を描いていたんです。“絵が描ける子”ということでポジションを確立していたせいか、特にいじめられたりすることはなかったですね。今はその絵が仕事になっているわけですから、好きで描き続けていてよかったなと思っています。

あと、子どもの頃の私って、ちょっと放浪癖のある子だったんですよ。ふらふらーっと、道を越えて行くのが好きで。小学校高学年になると、知らない町をどこまで行けるかっていうのを進んでやっていたんです。一応、お風呂屋さんの煙突を目印にして、それが見えないところまでは行かないというルールをつくっていたんですけど、迷子になりそうなことも結構ありました。『ますだくんとまいごのみほちゃん』には、そんな経験が反映されています。

こわいドン

▲怖いものがいっぱいの子が主人公の『こわいドン』(理論社)。怖がる気持ちが怖いかいじゅうを生み出して……!?

私が子どもの頃と今とでは時代は違うけれど、感情の基盤みたいなものは、ほとんど変わらないと思うんですね。だから、お話をつくるときは、今の学校の様子を取材したりしつつも、基本的には普遍的なテーマを拾ってきて、自分がかつて体験したことや感じた思いと重ねて描いていくことが多いです。

私の絵本を読んだお母さん方から、「子ども時代が懐かしくなった」「武田さんは子どもの頃のことをよく覚えてるんですね」なんて言われることもあります。確かに、自分の中にそれほど昔と変わっていない部分が結構あるんですよね。『こわいドン』に出てくる、誰もいないのに鳴る冷蔵庫や階段なんかは、今でも怖いですから(苦笑)

でもきっとお母さん方も、心の奥底には子どもの頃と変わらない気持ちを持ち続けているんじゃないかな。“お母さん”という役割があるから、隠しているだけで。だから、私の絵本を読んで懐かしさを感じるんじゃないかと思います。

絵本を通じて子どもにエールを送りたい

すみっこのおばけ

▲どんなときも味方でいてくれるおばけの存在に励まされ、成長していく子どもの姿を描いた『すみっこのおばけ』(ポプラ社)

『すみっこのおばけ』は、あるお手紙に触発されてつくった絵本です。

小学3年生の女の子からのお手紙だったんですけど、「自分は友だちも少ないし、何のとりえもない。こんな私が生きてていいの?」 みたいなことが書いてあったんです。

私が小学3年生くらいのときは、悩みもなくはなかったけれど、給食に苦手な食べ物が出るからどうしようとか、友だちとケンカしちゃったとか、その程度の悩みだったんですよ。でもその子は、なんだかものすごく自分を客観視して悩んでいて…… お手紙を読んでいて、とても胸が痛みました。

今の子どもたちって、情報量は多いのに情緒がついていかないから、いろんな意味でせめぎあっていて、大変だなぁと思うんです。そういう子たちに、まだ子どもなんだから、そんなにいろんなこと気にする必要ないんだよ、もっと甘えて生きていいんだよって、エールを送りたいなと思って。自分を甘やかしてくれる存在を見つけて頼ってくださいね、という思いを込めて、『すみっこのおばけ』を描きました。

絵本を通じて子どもたちに届けたいのは、“明日はいいことあるよ”というメッセージ。今の時代、本当は見せたくないようなこともみんな見えてしまって、信じられないものもたくさんあります。そんな中でこんなメッセージを届けていくのは偽善的かもしれないけれど、それでも私は子どもたちに“明日はいいことあるよ”と伝えていきたい。きっとそれが子どもたちの生きる力になるはず、と思っています。


……武田美穂さんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→


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