絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、日常生活の中のさまざまな匂いを描いた『くんくん、いいにおい』でおなじみの絵本作家・たしろちさとさんです。子どもの頃から絵本が大好きだったというたしろさん。絵本について語るときの生き生きとした笑顔から、絵本をつくることの喜びが伝わってきました。そんなたしろさんの、こだわりの絵本づくりとは!?
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→)
1969年、東京都生まれ。明治学院大学経済学部卒業後、4年間の会社勤めを経て絵本の制作をスタート。『みんなの家』(福音館書店の月刊絵本「おおきなポケット」)でデビュー。主な作品に『ぼくはカメレオン』『くんくん、いいにおい』『きこえる? きこえるよ』(グランまま社)、『ぼくうまれるよ』(アリス館)、「5ひきのすてきなねずみ」シリーズ(ほるぷ出版)、『クリスマスのおかいもの』(講談社)などがある。
http://www.chisatotashiro.com/
▲たしろちさとさんが大好きなカバを描いた『ぼく うまれるよ』(アリス館)
小さい頃から、絵を描くことが大好きでした。父が趣味で絵を描いていて、まわりにいろいろと画材があったので、物心ついたときには遊びの延長で描き始めていたんです。父と一緒にスケッチに行ったり、紙芝居をつくったりしたこともよく覚えていますね。
絵本も大好きでした。うちでは、父と母と祖母が毎晩交代で読み聞かせしてくれてたんですよ。特に好きだったのは、『かばくん』(福音館書店)。本当に大好きで、何回も何回も読んでもらったので、文章も全部覚えていたんです。読んでくれる人が少しでも間違えると「ちょっと違うよ!」って指摘したりしてました(笑) カバは今も大好きです。カバが好きだから『かばくん』を好きになったのか、『かばくん』が好きだからカバを好きになったのか、今となってはちょっとわからないんですけどね(笑)
でも、絵を描くことを仕事にしようとまでは思っていなかったので、なんとなく漂うように大学に行って、そのまま就職しました。仕事では、美術品を扱う部門に配属されて、陶芸家や画家の方たちの作品展示のお手伝いをしていたんです。楽しい仕事だったんですが、そこでものづくりをしている方々と接しているうちに、「私もつくりたい!」という思いがどんどん強くなっていったんですね。
人生は一度きり。同じ時間を費やすのであれば、自分が好きなこと、本当にやりたいことをやった方がいい ―― そんな思いで4年間勤めた会社を辞めて、絵本作家になることにしました。
それからは、絵本の専門学校に通ったり、描いた作品を出版社に持ち込んだりする日々。信頼できる編集者さんとの出会いもあって、2001年、『みんなの家』(福音館書店の月刊絵本「おおきなポケット」)でデビューすることができました。
『ぼくはカメレオン』は、イタリアで毎年開催されているボローニャ国際絵本原画展に応募した作品がもとになった絵本です。
そのときは残念ながら入選しなかったんですけど、おもしろそうなのでボローニャに行ってみることにしました。行く前にいろいろ調べていたら、世界的に活躍されているマイケル・ノイゲバウアーさんという編集者のことを知ったんですね。その方の編集した本がとても素敵だったので、「この人に自分の作品を見てもらいたい!」と思ったんです。
実際にボローニャでお会いして作品を見せたら、「君の絵、覚えてるよ」って言われて。本当にびっくりしましたね。その出会いをきっかけに、マイケルさんの編集で『ぼくはカメレオン』を出版することになりました。
▲まわりの色に合わせて体の色が変わってしまうカメレオンのカルロが、ジャングルの動物たちの体に色を塗って大変身させてあげるお話『ぼくはカメレオン』(グランまま社)
カバは茶色っぽいグレー、キリンはきいろ……という風に、動物にはだいたい色が決まった色があるけれど、もっといろんな色でもいいんじゃないかな ―― 動物園でカメレオンを眺めていたとき、そんなアイデアがひらめいて。そこから少しずつふくらませてつくったお話です。
絵本では最後、思い思いの色に変身した動物たちが、もとの姿を取り戻すんですけれども、実は、もっといろいろな色に変身してそのまま終わる、というパターンもつくっていたんですよ。マイケルさんとも相談しながら、行ったり来たり、とことん考えて、今の形になったんです。絵も何枚も描き直したので、出版まで確か4年くらいかかりました。
当時はノルドズッドという出版社から、日本も含め、7ヶ国同時に出版されたんですが、今日本で出ているのは、去年の夏にグランまま社から復刊されたものです。たくさんの方から、どうにかして手に入りませんかというお問い合わせをいただいていたので、復刊されてとてもうれしく思っています。
▲五感の絵本『くんくん、いいにおい』と『きこえる? きこえるよ』(いずれもグランまま社)。『くんくん、いいにおい』に出てくる犬は、たしろさんの家のビーグルのコルビジェくんがモデルになっているそうです
以前、この絵本の編集の方と、五感を磨くことって大切だよね、という話で盛り上がったことがあったんですね。その後「The Book of Sense」シリーズのお話をいただいて、おもしろそうなのでぜひ描かせてくださいとお伝えしたんです。
最初につくったのは、嗅覚がテーマの『くんくん、いいにおい』。編集者さんからは、「犬になったつもりでつくってください」っていうリクエストがあったんですよ。なので、本当にいろんな匂いをくんくんくんくんしながらつくりました(笑)
聴覚がテーマの『きこえる? きこえるよ』の方は、文字のない絵本なんです。実は、最初は文字を入れるつもりで考えていたんですけれども、絵が進むにしたがって、絵から聞こえてくるよなぁって思うようになって。聞こえてくるなら、説明する必要はないという結論にたどり着いたので、あえて絵だけの、文字のない絵本にしました。
どの匂いを描くか、どの音を描くかというのは、本当にたくさん考えて、たくさんのスケッチをしたんです。いくつもの候補の中から厳選したシーンを絵本にしました。最初から「この絵だな」と浮かんできたページもあれば、もっといい構図があるんじゃないかと悩んだページもあります。
『きこえる? きこえるよ』の車道を描いたシーンは、歩道橋の上からか、地面からか、どちらから見させたらいいか、試行錯誤しました。両方描いてみたら、地面からのアングルの方がより音が聞こえてくる絵に仕上がったので、そちらに決めたんですよ。
……たしろちさとさんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→)