スペシャルインタビュー

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科教授 泰羅雅登教授スペシャルインタビュー

今回のインタビューは、認知神経科学の研究に取り組んでいる東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科教授・泰羅雅登(たいら・まさと)先生にご登場いただきます。「読み聞かせはいい」といわれるけれど、実際のところはどうなんだろう……そんな疑問を解明すべく、「読み聞かせ」を世界で初めて脳科学的に調査・研究された泰羅先生。研究成果からわかった読み聞かせの真実とは!? 読み聞かせが脳に与える影響について、わかりやすくお話しいただきました。

日本大学大学院教授・泰羅雅登先生

泰羅 雅登(たいら・まさと)

1954年、三重県生まれ。東京医科歯科大学卒業。同大学大学院歯学研究科博士課程修了。現在、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科教授。認知神経科学の研究に取り組む。共著書に『脳をパワーアップしたい大人のための「脳のなんでも小事典」』(技術評論社)、『記憶がなくなるまで飲んでも、なぜ家にたどり着けるのか?』(ダイアモンド社)など。脳科学をテーマにした人気ドラマの監修も手がける。

一枚の写真が研究スタートのきっかけに

▲泰羅先生がご覧になった親子の写真のうちの一枚

―― 脳科学の視点から読み聞かせを研究しようと思われたのには、何かきっかけがあったのでしょうか。

親子の読み聞かせの様子を写した写真を見せていただいたのが一番のきっかけでしょうか。お母さんの笑顔と、子どものはじけんばかりの笑顔、きらきらと輝く目が印象的だったんです。これを見て、改めてというか、「あぁ、読み聞かせってほんとにいいな~」と思ったときに、共同研究をしませんかというお声がかかって、研究を始めることになりました(※注)。

※注  子育ての科学共同研究 2006年3月より
「読み聞かせ」の科学的研究及び「子育て」の科学的研究
メンバー:泰羅雅登教授(日本大学)、田島信元教授(白百合女子大学)、日本公文教育研究会・子育て支援センター、くもん出版

―― これまで、読み聞かせについての科学的な研究は、ほとんど行われていなかったそうですね。

世間一般ではよく、読み聞かせは「聞く力を育てる」「言葉からイメージする力を育む」「本に対する興味を喚起させる」「コミュニケーションを促す」……だからいいんだよ、と言われているけれども、本当にそうなのか。そうだとしたらなぜなのか。意外にも、そのことを客観的に調べた研究はなかったし、脳の研究者は読み聞かせに注目したり、関心をもったりしていませんでした。そこで、脳科学の最新の研究方法を用いて、読み聞かせの効果の解明に取り組もうということになったんです。

絵本の読み聞かせは“心の脳”を育む

大脳辺縁系

▲読み聞かせをされたことで活動した大脳辺縁系の一部(赤い線で囲った部分。“心の脳”)

―― 研究からどんなことがわかったのでしょうか。

研究を始めるにあたって私たちは、読み聞かせをすると、脳の中でも前頭連合野という部分が活性化するだろうと仮説を立てていました。前頭連合野とは、思考や創造、意図、情操を司る部分のことです。でも、近赤外計測や機能的MRIという方法で読み聞かせをしたときの脳の状態を計測してみたところ、前頭連合野はほとんど活動していなかったのです。つまり、最初の仮説がくずれてしまったんですね。

とはいえ、読み聞かせには効用があるといわれているのだから、脳が活動していないということは絶対にありえないと思って、私たちはさらに研究を重ねていきました。それでたどりついたのが、読み聞かせは“心の脳”に働きかけている、ということです。

―― “心の脳”とは一体、どんな働きをする部分なのですか。

“心の脳”とは、大脳辺縁系とよばれる、感情・情動にかかわる働きをする部分です。正しい専門用語ではないのですが、脳科学が突き止めた読み聞かせの効果をみなさんにわかりやすく伝えるために、私がそう名づけました。

“心の脳”は、喜怒哀楽を感じるだけでなく、わが身を「たくましく生かしていく」役割があります。普段の行動を考えてみるとよくわかると思うのですが、私たち人間の行動の基本原理は「好きなことはやる」「いやなことはやらない」でしょう。たとえば、野生のウサギの場合。食べ物を探しに行ったら、おいしい食べ物がたくさん見つかった。そんな「うれしい!」という経験をすると、また行こう、となります。逆に、食べ物を探しに行った先で天敵とばったり出くわして、命の危険にさらされたら、「こわい!」という記憶が残って、そこにはもう二度と行かなくなります。

脳は、使わないとうまく働くようにはなりません。なのでこの、うれしいことが「うれしい!」とわかる、こわいことが「こわい!」とわかるということは、放っておいたらなかなかできないんですね。こわい、悲しいがしっかりわかる、うれしい、楽しいがしっかりわかる子どもに育てていくためには、そういう経験をさせないといけない。といっても、子どもを谷から突き落とすわけにはいかないでしょう。そこで、絵本の出番です。絵本を読み聞かせて、うれしいとかこわいといった思いを体験させてあげることで、“心の脳”をしっかり育てていくことができるんです。

感情・情動というと心の動きが中心になって考えられがちですが、実は私たちの行動を根源的に決めているわけで、“心の脳”はその意味でとても重要です。ここがしっかりしていないと、あとから理由付けをする大脳ができても、きちんとした行動がとれなくなるのです。

読み聞かせで強まる親子の絆

『読み聞かせは心の脳に届く 「ダメ」がわかって、やる気になる子に育てよう』

▲脳科学から見た読み聞かせについて、もっと知りたい方は泰羅先生の著書をご覧ください。『読み聞かせは心の脳に届く 「ダメ」がわかって、やる気になる子に育てよう』(くもん出版)

―― 健全な“心の脳”を育てるためには、どんな風に読み聞かせをするといいでしょうか。

「どんな本がいいですか?」とか、「いつやればいいですか?」「どれだけやればいいですか?」というような質問をよく受けます。でも、一番大切なのは、子どもの知恵を育ててあげようとか考えないことです。それには、お母さん自身が楽しむことですね。何も堅苦しく考える必要はないんです。子どもがページを勝手にめくってしまっても、目の前に座っていなくても、楽しみながら読んでいればお母さんの声は子どもに届きます。お母さんの声を「心の脳」に響かせてあげることが、一番大切なことです。

子どもが笑う瞬間って、親として一番幸せなひとときじゃないですか。絵本の読み聞かせは、そういう瞬間をつくれるってところがすごくいいですよね。まず、その瞬間を持てることを大切にしてほしいですね。

これは、自分の経験でもありますが、読み聞かせを続けていると、どんな風に読んだら子どもは喜ぶのか、子どもはどのページのどのタイミングで笑うのか……と、子どもの反応を引き出すために、子どもの様子をよく見るようになるんです。よく見るようになると、子どものちょっとした変化にも気付くようになります。すると、「この子、変わったな」「こんなことができるようになったんだ」と気付くことができて、お母さん自身がうれしくなりますよね。そのうれしいって気持ちがお母さんのモチベーションにつながって、もっともっと本を読んであげよう、子どもをよく見ようという気にさせてくれます。

それに、子どものちょっとした変化から「こんなことができるようになったのね」と気付くと、タイミングよくほめてあげることができますよね。お母さんがうまくほめてくれると、ほめられた子は「お母さんはちゃんと見ていてくれたんだ」とうれしくなるでしょう。

読み聞かせをすることで、親子のコミュニケーションが深まり、絆ができていく……私はこれを「読み聞かせの正のスパイラル」と呼んでいます。読み聞かせをすればするほど、親子が互いに高めあいながら、絆を強めていくことができるんです。

―― ぜひお父さんにも、そのスパイラルに参加してほしいですね。

そうですね。子育てに参加したいけれど、何をしたらいいかわからないっていうお父さんには、「絵本を読んであげてね」と声をかけてあげるといいでしょう。その一言で、お父さんも喜んで子育てに参加してくれると思いますよ。

―― 最後に、子育て中のお母さん・お父さんに応援メッセージをいただけますか。

読み聞かせをまだ始めていないという方は、とにかく始めてみてください。始めてみたら、わかります。子どもの笑顔を見れば、読み聞かせっていいなって実感するはずですから。すでに絵本の読み聞かせを楽しんでいる方は、ぜひそのまま続けてください。

読み聞かせで幸せな家族が増えれば、社会全体が幸せになる……読み聞かせには、世界平和をもたらすだけの力があると思います。だからといって、「毎日読み聞かせをしなくちゃ」と義務感に駆られる必要はありません。脳を育てるため、と意識する必要もありません。何より大切なのは、親子一緒に読み聞かせを楽しむことです。

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