絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『くまさんアイス』や『ハリネズミのくるりん』などでおなじみの絵本作家・とりごえまりさんです。おもちゃやグッズのデザイナー・プランナーを経て絵本作家になられたとりごえさん。絵本作家になるまでの道のりや、制作裏話、動物愛護のための読み聞かせ活動についてなど、たっぷりお話しいただきました。
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→)
1965年、石川県生まれ。金沢美術工芸大学商業デザイン科卒業。キャラクターグッズなどのプランナー、デザイナーを経て、『月のみはりばん』(偕成社)で絵本作家デビュー。主な作品に『くまさんアイス』『名なしのこねこ』(アリス館)、『さいたさいた』(金の星社)、「ハリネズミのくるりん」シリーズ(文溪堂)、「ピッケとポッケ」シリーズ(佼成出版社)、『ももんがモンちゃん』(学研)などがある。
http://torigoe-mari.net/
絵本は子どもの頃よく母親に読んでもらっていました。中学時代の将来の夢は、絵本作家。といっても、子どもの淡い夢という感じだったんですけどね。高校に上がっても絵を描くのはずっと好きだったので、美大を目指しました。でもその頃にはより現実的に将来を考えるようになって、広告やパッケージのデザイナーになろうと、デザイン科に入学したんです。
デザインの勉強をしながらも、絵は趣味でたまに描いていました。大学在学中、友達と一緒に金沢市内の小さなギャラリーでグループ展を開催したんですけど、そのための絵を描いていて、気づいたことがあったんです。それは、私は一枚の絵を描くにも、ストーリーが浮かぶということ。犬の絵を一枚描くにも、犬がここでこんなことをして……と最初にストーリーを思い浮かべないと、描けないんです。ストーリーと絵をつなげていくと絵本ですよね。やっぱり私は絵本が好きなんだなって、改めて思いました。
卒業後は東京に出てきて、おもちゃやグッズの企画・デザインの仕事を経験しました。仕事はおもしろかったし、やりがいもあったんですけど、何かと腑に落ちないことや妥協しなければならないことも多くて、心が疲れてしまうこともあって……そんなとき、ふらっと立ち寄った本屋さんで手にとったのが、『おしゃべりなたまごやき』(作・寺村輝夫、絵・長新太、福音館書店)。子どもの頃に読んだ懐かしい絵本です。買って帰って、寝る前に何度も何度も読みました。
絵本は大人の心にも届く、すばらしいものなんだ。私も、疲れている人の心を少しでも温かくしてあげられるような絵本をつくれたらいいなぁ……長さんの絵本をきっかけに、絵本作家になりたいという気持ちがむくむくと湧いてきました。人生一度きりなんだから、どうなるかはわからないけれど、とにかくやりたいことをやろう、と。それで、会社を辞めたんです。
その後、仕事でお会いしたことのあった荒井良二さんの勧めで、トムズボックスの土井章史さんと編集者の小野明さんが主宰する絵本のワークショップ「あとさき塾」に入って、絵本制作について学びました。いろんなことを経験しながら、最終的には中学の頃の夢だった絵本作家の仕事にたどりついたんです。今では、まわり道をしたことも全部役に立ってるなと思っています。
▲とりごえさんのデビュー作『月のみはりばん』(偕成社)。まんまるお月様を空に浮かべるために大忙しの、みはりばんのお話
あとさき塾で私は、「お話はおもしろいんだけど、絵に魅力が足りない」とずっと言われていました。なんだか悔しくて、他の人の意見も聞いてみたいという思いで、絵本のコンペに応募したことがあって。そのときの作品が『月のみはりばん』です。
このお話はもともと、一枚の絵から生まれた絵本なんですよ。会社勤めをしていた頃、体重計に乗ったお月様の絵を描いたことがあったんです。お月様はやせたり太ったりするから、空で体重測定をしてたらおもしろいなと思って。そこからストーリーを広げていきました。
コンペでは佳作を受賞しました。大賞は逃したので、プロとしてやっていくにはまだ何かが足りないのかもしれないけれど、もうひと頑張りでそこにたどり着けるんじゃないかという手応えも感じたんですね。その後は、足りない何かを模索する日々―― でもなかなか、あとさき塾で認めてもらえる作品はできませんでした。
そんなとき、あとさき塾の特別講座で、片山健さんのお話を聞く機会があったんです。売れない期間が長くて貧乏で大変だったと聞いて、誰かが「そんなに大変だったのに、どうして絵本作家を続けられたんですか」と質問したんですね。そうしたら片山さんは、「僕には絵を描くことしかなかったからです」とおっしゃったんです。
その一言に、私はものすごく衝撃を受けました。私はそのときまで、30歳を越えても芽が出なかったらあきらめて、またデザインや企画の仕事に戻ればいいじゃないかって、心のどこかで逃げ場をつくっていたんです。意気込みみたいなものが、私には足りないのかもしれない、とりあえずそれを変えてみようって思って。
気持ちを変えてからしばらくしたら、わくわく楽しく絵本を描けるようになってきました。自分でもなんかこの絵はいい気がするって絵が描けるようになって。あとさき塾でも少しずつ認めてもらえるようになりました。絵の具も描き方も特に変えたわけじゃないのに、不思議ですよね。私の中で何かが変わって、それが人にも伝わったんです。デビュー作となった『月のみはりばん』は、そのとき描き直したものです。コンペに出したときのものと大筋は変わらないんですけど、絵は全部描き直しました。
▲寄り道している間に溶けてしまったアイスが、お母さんの工夫で素敵に生まれ変わる! 『くまさんアイス』(アリス館)
私はお菓子づくりや料理が好きなので、食べ物が出てくるお話が大好きなんです。『くまさんアイス』は、おやつがたくさん出てくる絵本にしよう!と思ってつくりました。食べ物の絵本なら主人公は食いしん坊、食いしん坊といえばぶたさんかな、アイスクリームを買ったのに溶けちゃって、それをどうにかして……と考えてできた絵本です。
お菓子の本とかを見ながら「こういうケーキも出そう!」なんていろいろ考えてスケッチをして。食べ物の絵を描くと、すごくうれしくて楽しくて、幸せな気分になっちゃうんです。食べ物の絵は特に力が入ってるんですよ(笑)
今は年に2冊か3冊というペースで、自作絵本を中心につくっているんですけど、先月出版された『ゆうびんやぎさん』では、絵だけ担当しました。このお話は、第9回おはなしエンジェル子ども創作コンクールの受賞作品で、小学校5年生の女の子がつくったものなんです。子どもが書いた文章に絵をつけるなんて仕事はなかなかないですよね。あたたかくて、かわいらしい絵本になりました。
……とりごえまりさんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→)