絵本作家インタビュー

vol.17 絵本作家 正岡慧子さん(後編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『あなぐまのクリーニングやさん』の作者で、絵本作家・童話作家としての活動のかたわら、全国の子どもからお年寄りまでを対象に「読み聞かせ、読みあい、読み語り」運動を推進されている正岡慧子さんです。異色の経歴や絵本づくりにおけるこだわり、読み聞かせについてなど、いろいろとお話を伺いました。
今回は【後編】をお届けします。(←【前編】はこちら

絵本作家・正岡慧子さん

正岡 慧子(まさおか・けいこ)

1941年、広島県生まれ。アメリカ系広告代理店勤務、飲食店経営を経て、絵本作家・童話作家に。全国の子どもからお年寄りまでの「読み聞かせ、読みあい、読み語り」運動を推進。主な作品に『きつねのたなばたさま』(絵・松永禎郎、世界文化社)、『ぼくのしごとはゆうびんや』(絵・水野はるみ)、『あなぐまのクリーニングやさん』(絵・三井小夜子)、『くませんせいはおいしゃさん』(絵・末崎茂樹、以上PHP研究所)などがある。日本児童文芸家協会理事、日本中医食養学会顧問、日本福祉学会会員、日本医史学会会員。東洋医学を学び、薬膳の普及にも尽力している。

絵本を通じて、子どもたちに伝えたいこと

▲七夕のお話に親子の絆、自立を重ねて描いた正岡さんの絵本『きつねのたなばたさま』(絵・ 松永禎郎、世界文化社)

私の絵本は、意外と子どもを主役としていないんです。動物に置きかえていることが多いので、子どもたちもすんなり絵本の世界に入っていってくれますが、動物の子どもを主役にするのではなく、大人はどうあるべきかということをテーマにしてることが多いんです。テーマとしては、たとえば「相手のことを考えるって幸せよ」とか「やさしいって本当はどういうこと?」など、大人に向けたものも多いですね。

子どもに向けて書く絵本のテーマで一番多いのは、「自立」です。子どもたちには、いい子でいるというだけではなくて、いじめにも負けずひとりで生きていけるようになってほしいんですよ。

今後書いていきたいと思っているのは、「命」をテーマにした絵本です。今の子どもたちは、「死」を知らないんですよね。私たちはおじいちゃんとおばあちゃんが死ぬ姿を全部見てきていますし、戦争にお父さんが出かけていきましたので、戦争で人が死ぬということも実際に知っているわけです。でも今は、たとえば家族がごはんを食べながら、いろんな戦争をテレビで見ているんですね。テレビの枠からは、血が流れていても人が死んでいても、痛みは全然わかりません。それはだめだと私は思うんです。だから、命ってひとつしかないでしょうってことを、一番伝えていきたいですね。

「いいお母さん」ではなく「いい親子」になろう

絵本作家・正岡慧子さん

私は今、お母さん方や保育園の先生たちに呼ばれて、いろんなところで絵本の読み聞かせの講演や読み聞かせ会をさせてもらっています。最初の頃は、絵本作家として子どもたちと触れ合う場があると勉強になるかもしれない、そんな思いでやっていましたが、読み聞かせ会がとても楽しいので、今ではむしろ子どもたちに遊んでもらっているという感じになってしまいました。

お母さん方によくお話しするのは、読む方法とかテクニックとかはあまり考えずに、とにかく楽しく読んでください、ということ。「子育てをするために、絵本を読んであげなければならない」という一文には、「子育てのため」「読んであげないければならない」という2つの制限が入りますよね。この2つ、やめたほうがいいと私はいつも思ってるんです。自分が楽しめる本、好きな本を選んでくる、読むのが楽しいから声を出して読んでみる、せっかくだから聞いてくれる人がいた方がいい……そのぐらいの感じが一番いい気がしています。

使命感だけでは、あまり長くは続きません。特にまじめなお母さんは、「私は子育てをちゃんとするいいお母さんです」という感じでがんばってしまう時期があるんですが、そんな風にがんばるのではなくて、お母さんも楽しんだ方がいい。いいお母さんになる必要はなくて、2人で楽しんで、仲のいい、楽しい親子になればいいと私は思ってるんです。お母さんがやらなきゃやらなきゃとつらい思いをして読み聞かせをしていたら、それは子どもにも伝わりますしね。

だから絵本選びも、まず自分を信じることです。絵本をよく知っている人からのおすすめは参考程度にはなると思いますけど、自分の子どもに必ずしも合ってるわけではないんですね。だからとにかく自分を信じて、自分が楽しいと感じた絵本を選びましょう。子どもに見せると結構喜んだ、あるいは「私がこんなにおもしろいと思ったのに全然喜ばないのね、どうして?」というようなことを繰り返していくと、子どもがどんなことに興味があるのかが、見えてきますから。それを5年、10年と日記に綴っていけば、絵本の達人になれると思いますよ。

絵本は親と子をつなぐ大事なツール

絵本作家・正岡慧子さん

民話とか昔話の最後って、大人がハッとしてしまうくらい残酷だったりしますよね。たとえばロシア民話の『おだんごぱん』(福音館書店)。きつねは「私は耳が遠いから」といって、おだんごぱんに舌の上で歌ってくれと頼むのですが、おだんごぱんが舌の上に乗ったとたんにパクリと食べてしまいます。『七匹のこやぎ』や『あかずきん』でも一緒ですが、これはひとつの殺人と同じではないか、これをこのまま子どもに読み聞かせてもいいのか、という質問を受けることがあります。

これは大人の考えすぎで、こういった絵本は、現実に起こる殺人の意味を示してはいないんです。「お話だよ」ということが前提になっているので、子どもたちはこれを読んだときに、殺人とか、現実生活でのおそろしいことだという風にはとらないんですよ。ただ、「だますこと、だまされるということは、こういうことなんだな」というのは漠然と伝わりますよね。こういうことを、大人が自分の言葉で伝えようとすると、「いい? 信用しちゃだめよ。いいこと言うような人のところには、近寄っちゃだめよ!」みたいな、なんだかいやらしい感じになってしまう。それはあまりいい方法ではないと私は思うわけです。

でもこれを絵本を使って伝えておけば、子どもたちが育っていく段階で人を見ていくときに、どこかで思い出すと思うんですね。心配しすぎちゃって、「仲良くお友達になりました」なんて結末にしてしまったりせず、ここは昔話のままの結末を子どもたちに伝えて、はっきりと子どもたちが意識できる方がいいですね。

絵本は人と人、親と子どもをつなぐ、大事な大事なツールです。だって会話の言葉がこれほどすばらしい人は、なかなかいませんからね。自分のことを棚に上げて「立派な人になりなさい」なんて子どもに言えないですから、私はそれとなく絵本で伝えることにしています。子どもとの間をつなぐ絵本の冊数が多ければ多いほど、いろんな会話ができると私は思います。

それから今、絵本の読み聞かせの基本は「お母さんと子ども」となっていると思いますが、お母さんに限らず「大人と子ども」という構図にしていきたいですよね。お父さんにももっと読み聞かせをしてもらいたいなと。たとえば『三びきのやぎのがらがらどん』(福音館書店)は、ぜひお父さんに読んでほしい1冊です。お父さんが読むと、トロルに打ち勝った!というところまで子どもの心が到達するんですよ。『舌切り雀』だと、お父さんが読むとおじいさんの良さが出るんですが、お母さんが読むとおばあさんのいやらしさが出てきたり……同じ絵本でも読み手によって微妙にニュアンスが変わってくるので、お父さんとお母さんで手分けして読むといいですね。


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