絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『あなぐまのクリーニングやさん』の作者で、絵本作家・童話作家としての活動のかたわら、全国の子どもからお年寄りまでを対象に「読み聞かせ、読みあい、読み語り」運動を推進されている正岡慧子さんです。異色の経歴や絵本づくりにおけるこだわり、読み聞かせについてなど、いろいろとお話を伺いました。
今回は【前編】をお届けします。 (【後編】はこちら→)
1941年、広島県生まれ。アメリカ系広告代理店勤務、飲食店経営を経て、絵本作家・童話作家に。全国の子どもからお年寄りまでの「読み聞かせ、読みあい、読み語り」運動を推進。主な作品に『きつねのたなばたさま』(絵・松永禎郎、世界文化社)、『ぼくのしごとはゆうびんや』(絵・水野はるみ)、『あなぐまのクリーニングやさん』(絵・三井小夜子)、『くませんせいはおいしゃさん』(絵・末崎茂樹、以上PHP研究所)などがある。日本児童文芸家協会理事、日本中医食養学会顧問、日本福祉学会会員、日本医史学会会員。東洋医学を学び、薬膳の普及にも尽力している。
絵本の世界に入ったのは、43歳のときです。それまでは自分が絵本作家になるだなんて、まったく思ってもみませんでした。もともと広告代理店で営業の仕事をしていたんですが、朝も昼も夜もない仕事で、これは合わないと思って辞めて、そのあと始めたのが喫茶店の経営。脱サラという言葉が流行している頃でした。14年間喫茶店をやっていたんですが、ある時期、お店でコーヒーを飲みながら毎日原稿を書いているお嬢さんがいらっしゃって。近くのラジオ局で働きながら、絵本の原稿を書いては出版社に持ち込んでいるという方でした。
「なかなかうまくいかないんですよ」なんておっしゃっていたので、どのくらいの長さで書くのかなどをいろいろ伺って、「こういうのどうですか?」と、その場で書いて提案したんです。そうしたら彼女がそれを気に入ってくれて、世界文化社に持ち込んだらしく……その後、彼女は実家の方に帰られたようでそれきりだったのですが、随分経って世界文化社から「あなたのでしょうか?」と電話をいただきました。絵本なので画面割りをしてほしいと言われて、よくわからないままに画面割りをして、それが黒井健さんの絵で絵本になったんです。『くろひげのサンタクロース』という作品で、夜中にある家に忍び込んだ泥棒が、目を覚ました女の子とばったり会ってしまって、盗んだものを全部戻しに行くというお話なんですけどね。筒井広志さんの作曲で童謡にもなって、大和田りつこさんが歌ってくれました。
3作目まで出版したあとで、私は東洋医学にも興味があったので中国に行ってしまって、絵本の世界から1年ほど遠のいたんですが、帰ってきてからもまたお声がけいただいて。本当に思いもよらない、天から降ってきたチャンスでした。絵本が好きだから、ここまで続いたんでしょうね。
私は小さい頃、子ども同士で話したり遊んだりするのが苦手な子どもでした。そんな私の唯一の逃げ場が絵本の世界だったんです。逃げるというと悪いことのように聞こえるかもしれませんが、精神的な逃げ場を持っているということは、つらくなっても行き場があるということですよね。
子どものうちはまだ言葉が少ないですから、親や先生に怒られたりしても、なかなか言い訳もできません。そんなとき、心の中に逃げ場があれば、「こういうとき、あの絵本のあの子はこうしたよな」と思い起こすことができます。でも、物語も知らないし言葉も知らないとなると、行き詰って、どうしたらいいかわからなくなってしまう。だから、できるだけたくさんのお話を子どもたちに届けてあげたいというのが、私の希望です。
絵本を読むことで子どもたちは、たくさんの心の経験を積み重ねていくことができます。たとえば、恋愛映画ですごくハンサムな俳優さんが出てきたとするでしょう。そうすると、自分とは関係ない映画の中だけのお話なのに、映画館を出るときには、自分がそういう恋愛をできるような、幸福な気分になれますよね。任侠映画を観た男性が高倉健のような気分になって、つい足が外またになっちゃう、みたいなこともあります。絵本もそれと同じなんですね。そういう心の経験が、子どもひとりひとりの根幹をつくっていくんです。だから絵本って本当に大事なものなんですよ。
▲あなぐまさんとお客さんとの心あたたまる交流を描く正岡さんの代表作『あなぐまのクリーニングやさん』(絵・三井小夜子、PHP研究所)
絵本を読んで聞かせる大人はどうしても「文」ばかりに目がいきがちですが、子どもにとって絵本のメインは「絵」。「文」はその次なんです。小さい子がばーっと勢いよくページをめくったりするでしょう。でもときどきあるページで止まったりする。それは、ストーリーではなく絵に反応しているからなんです。つまり、絵本は「絵」で語る本であって、絵に魅力がないと、あまりいい作品にならないんですね。
私は文だけを書く作家なので、絵本づくりのときは、まず私が先に文章を書くんですけれど、絵描きさんが絵を描いたところで、最初に書いた文は全部捨てます。そうしないと絵がメインにならないんですよ。上がってきた絵に合わせて、また文を書き直します。場合によっては、文をまるまる削ってしまうページもあります。ここは絵だけで十分だってことで。私は、文章が一言もなくても伝わるのが一番いい絵本だと思ってるんですね。だから、いい絵本をつくるためには潔く全部捨ててしまえるんです。
読み聞かせのときも、絵を見せるということがとても大事。文をどう読むかということよりもむしろ、ページをめくるスピードの方が大切なくらいです。子どもは大人の読む文を聞きながら絵をじっくり見ているので、大人だと気付かないような本当に細かいところまでよく気付きますよね。だから読み手であるお母さん、お父さんは、子どもが絵本の絵に対してどんな反応をしているか、注目してみるといいですよ。そして、「今日はこんなところに気付いた」「このページをじっくり見ていた」といったことを日記に記録しておくといいと思います。
……正岡慧子さんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→)