絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『ビッグパーン!』や『おくのほそ道』などでおなじみの絵本作家・中谷靖彦さんです。絵本や紙芝居などさまざまな作品の中で、生き生きとしたキャラクターを描いている中谷さん。一体どのようにしてキャラクターを生み出しているのでしょうか? 人気作の制作エピソードも合わせて伺いました。
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→)
1968年、富山県生まれ。大学卒業後、富山地方鉄道株式会社勤務を経て、桑沢デザイン研究所卒業。オランダ・ユトレヒトなどでイラストを学び、帰国後フリーのイラストレーターとして仕事を始める。第25回講談社絵本新人賞を受賞し、翌年『ミーちゃんですョ!』(講談社)で絵本作家デビュー。主な作品に『ビッグパーン!』(農文協)、『おくのほそ道』(文・松尾芭蕉、編・齋藤孝、ほるぷ出版)などがある。
http://hikopico-days.jimdo.com/
▲第25回講談社絵本新人賞を受賞した中谷靖彦さんのデビュー作『ミーちゃんですョ!』(講談社)
小学生の頃の僕は、教室で勉強しているよりは写生会に行く方が楽しいなって程度で、絵はどちらかといえば下手な方。だからその後も、絵とはまったく無縁な人生を送っていました。
大学卒業後、地元の優良企業だからという理由で富山の鉄道会社に就職したんですが、そこで働き出してから初めて、自分の人生、本当にこれでいいのかなって考えるようになったんですね。突き詰めて考えてみたら、何かもっとクリエイティブなことがしたいなと思うようになって。じゃあ何をやるかとなったとき、思い浮かんだのがデザイナーという仕事でした。
それで、グラフィックデザイナーを目指して東京の専門学校に通い出したんですが、いざ勉強を始めてみると、ミリよりも細かい世界で、大雑把な僕には不向きだと判明。これは困ったなと思っていたとき、授業でイラストを描く機会があって、僕の絵を見た先生から「下手だけどおもしろい絵を描くから、描き続けた方がいい」と言われたんです。褒められた気になって、そこから毎日絵を描くようになりました。専門学校卒業後は、2年弱オランダのアートスクールに留学。帰国後、少しずつイラストの仕事がもらえるようになりました。
そんなあるとき、富山県射水市の大島絵本館で手づくり絵本のコンクールをやっていることを知って、試しに絵本をつくって応募してみたんですね。そうしたら奨励賞をいただいて。賞なんてそれまでもらったことがなかったから、ものすごくうれしくて…… 絵本作家を目指すようになったのは、それからです。2003年には講談社絵本新人賞で大賞をいただいて、翌年『ミーちゃんですョ!』で絵本作家としてデビューしました。
絵の下手だった僕が今こうして絵を仕事にしているのは、やっぱり楽しかったからだと思います。毎日絵を描いていても飽きなかったし、もっと描きたい、もっとうまくなりたいってずっと思っていました。絵本づくりも簡単なことではなくて、壁を感じることもあるんですが、すごく楽しんでやらせてもらっています。そういう仕事と出会えて、とてもラッキーでしたね。
▲大きなパンをつくることにした双子のきょうだいのお話『ビッグパーン!』(農文協)
『ビッグパーン!』は、デビュー作の『ミーちゃんですョ!』に続いて2作目の自作絵本です。
もともと編集の方から、発酵をテーマにした絵本をつくってほしいと言われていたんですね。それで、いろんな発酵食品を検討する中で、一番おもしろそうだなと感じたのがパンだったんです。それならまず、自分でパンづくりを体験してみよう!と思って、まだストーリーも何も考え始める前の段階で、家で試しにつくってみることにしました。
本を見ながら、混ぜて、こねて、生地を寝かせて…… そのあと生地がふくらんでくるということは知ってはいたんですが、実際目の前でふくらんでいくのを見たときは衝撃でしたね。え、こんなにふくらむの!?って。酵母の力でガスが発生してふくらんでいくわけですが、ふくらむ様子を見ながら、あぁこれは生きてるんだな、生きてるからこうやって大きくなるんだなと思いました。そしてその様子を見ているうちに、僕の中でもお話がむくむくとふくらんでいったんです。
宇宙もどんどんふくらんでいくという説があるから、パンのお話が僕の中で自然と宇宙につながっていって、宇宙の生命をも感じさせる壮大なお話ができあがりました。タイトルはもちろん、ビッグバン理論とかけてつけたものです。
絵本を読み終わったら、親子でパンづくりを楽しんでいただくのもいいかもしれませんね。心もおなかもふくらみますよ!
▲「声にだすことばえほん」シリーズの一冊『おくのほそ道』(文・松尾芭蕉、編・齋藤孝、ほるぷ出版)
「声にだすことばえほん」シリーズでは、『おくのほそ道』の絵を描かせていただきました。
松尾芭蕉の俳句に絵をつけてみないかと編集者さんからお話をいただいたときは、正直驚きましたね。俳句というのは、一句だけでその世界を奥深くまで表現するもの。それに対して絵本は、次々とページをめくっていく、連続性のあるものですから、二つはある意味、対極にあるんですね。それをいかに絵本として見せるか…… 難しそうではありますが、すごくおもしろそうだとも思ったので、引き受けることにしました。
描くのは、『おくのほそ道』の中から厳選された14の俳句の世界。一句一見開きというフォーマットと、旅をしている雰囲気にするということは決まっていたんですが、あとはすべてお任せという状態でした。さてどうしようかと考え込みながらラフを描き始めたところ、編集者さんが「やっぱり芭蕉が見た風景を実際に見に行った方がいいですね」と、取材旅行をセッティングしてくれたんです。
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」は最初、静かなところで芭蕉が佇んでいるイメージでした。でも、その句が詠まれた山形の立石寺に実際に行ってみると、木がものすごくたくさん茂っていて…… その場に立って、蝉が鳴いている様子を想像してみたら、むしろそこはとてもうるさくて、どわーっと音が垂れてくるような状況だったんじゃないか、でも芭蕉だけは、その中に「閑さ」を感じたんじゃないかと思うようになったんです。それで、最初に考えていたイメージは取っ払って、木が林立する中に芭蕉が休憩している様子を小さく描くことにしました。
あの絵は本当に、その場の雰囲気を体感したからこそ描けたものなので、取材旅行に連れ出してくれた編集者さんにはとても感謝しています。
……中谷靖彦さんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→)