絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『さるのせんせいとへびのかんごふさん』などの作品でおなじみの絵本作家・穂高順也さんです。独創的な発想で、子どもたちが喜ぶ楽しい絵本の数々を生み出している穂高さんに、絵本作家になるまでの道のりや人気作の制作エピソード、絵本をつくる上で大切にしていることなどを伺いました。
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→)
1969年、愛知県生まれ。保育専門学校卒業後、幼稚園・保育園勤務を経て絵本作家・童話作家に。主な作品に『さるのせんせいとへびのかんごふさん』『へびのせんせいとさるのかんごふさん』(絵・荒井良二、ビリケン出版)、『ぼくのえんそく』『ちゅうしゃなんかこわくない』(絵・長谷川義史、岩崎書店)、『どろぼう だっそう だいさくせん!』『マーロンおばさんのむすこたち』(絵・西村敏雄、偕成社)、『あおいでんしゃにのって』(日本標準)などがある。 HOTAの小劇場 http://www16.ocn.ne.jp/~hotahota/
子どもの頃の僕は、運動も勉強も得意ではなかったんですけど、絵と作文だけは先生から褒められたんですね。うまいと言われたことはないんですけど、おもしろい絵を描くねとか、おもしろい文章を書くねとか言われていて。学級新聞などに自分の作文が載ることも多くて、結構得意になっていました。
高校3年の頃、将来は何か人の役に立つ仕事がしたいと考えて、たどり着いたのが保育の仕事。当時はまだ「保育士」という言葉はなくて、「保母」と呼ばれていたんですが、その資格をとるために専門学校に進学しました。
でも、実習に行ったら保育の仕事はとても大変で…… 自分は保育士よりも子どもの本の作家の方が向いているかも?なんて思ったこともあったんです。それで同級生に相談したら、「作家じゃ食べていけない」「芽が出るまで時間がかかる」といった理由で反対されてしまって。まぁそうだよなとあっさりあきらめて、予定通り保育の道に進みました。
学校卒業後は幼稚園や保育園に勤めたんですが、いろいろな事情があって、トータル3年ほどで辞めることになってしまったんですね。このときは、自分はすぐ失業する星の下に生まれたんだなと思い込んで…… 本を書いて印税が入るようになれば、失業したときにも困らないかも、なんていう不順な動機から、作家の仕事に興味を持ち始めて、保育の経験もあるし、本を書くなら子どもの本がいいだろうということで、また絵本作家・童話作家を目指すことにしたんです。
最初に子どもの本の作家になりたいと思ったときほどの純粋さはないんですけどね(苦笑) 生きていくためにそういう道を選ぼうかなと。その後、仕事をしながらさまざまな講座などで創作の勉強をして、絵本作家・童話作家になりました。
▲とっても楽しいどうぶつ村の病院物語『さるのせんせいとへびのかんごふさん』と『へびのせんせいとさるのかんごふさん』(ビリケン出版)。絵は荒井良二さん
デビュー作『さるのせんせいとへびのかんごふさん』は、実は胃の内視鏡検査がきっかけとなって生まれた絵本なんです。
25歳のとき胃の検査でひっかかって、内視鏡検査を受ける羽目になってしまったんですね。検査を受けるまで、血液検査や年末年始などもあって2ヶ月ほど待たされたんですけど、その間もう心配で心配で…… 胃潰瘍なのか、それとも癌!?などと悩み苦しんで、内視鏡が喉に刺さって血がばーっと出ちゃうような夢まで見たりして、精神的にかなり追い詰められてしまったんです。
結局、検査の結果は異常なしだったんでよかったんですけど、2ヶ月間の苦悩を思い返すと、どこにもぶつけられない怒りがわいてきてしまって…… 転んでもただでは起きないぞってことで、この経験を童話にしようと考えたんですね。内視鏡をへびで表現するアイデアはそのときに思いつきました。ただ、そこから先がまとまらなくて、しばらくお蔵入りすることに。童話じゃなくて絵本ならうまくいくかなと考えたのは、それから数年後のことです。
この絵本には、『へびのせんせいとさるのかんごふさん』という続編があるんですけど、もともとは2つ合わせて1つの話として考えていました。
続編では、へびとさるの役割がひっくり返るんですけど、これにはちょっと風刺的な意味合いがありまして。僕は20歳のときに入院したことがあるんですけど、そのとき看護婦さんがすごく大変そうに見えたんですね。でもそれに引きかえ偉い先生ってなんだか……って思ったことがあって。それで、先生と看護婦という役割をひっくり返すことで、先生ってどれだけ役に立ってる?みたいな皮肉を作品に込めました。
絵本にするにあたって、いろいろな都合で2冊に分かれてしまったんですけど、ぜひ2冊合わせて楽しんでもらえたらと思います。
▲『もじゃおじさんがやってきた』(絵・岡島礼子、キッズメイト)と『ぼくのえんそく』(絵・長谷川義史、岩崎書店)
『もじゃおじさんがやってきた』は、僕の出版された本の中では最高傑作だと思っています。理由は、とにかくおもしろいから。子どもたちにも本当にウケるんですよ。今ではこういうお話、なかなか書けないですね。越えたいけれど越えられない作品です。
伸びた爪はちゃんと切って、ぼさぼさの髪はちゃんと切りましょう、じゃないと“もじゃおじさん”がやってくるよ、という絵本を幼稚園で読んでもらった女の子が、運動会の前日、爪も髪も切ってすっきりするんですね。でも、捨てられた爪や髪の毛たちが「なんでわざわざ運動会の前の日に切るの? 私たちも運動会に出たかったのに!」ってことで、運動会に現れて大活躍する、というお話です。
僕が以前勤めていた幼稚園では、運動会で鬼ごっこをやっていたので、このお話の中でも鬼ごっこをすることにしました。そのとき、爪や髪の毛が鬼にくっついて、鬼が“もじゃおじさん”になっちゃうんですね。子どもたちはもう大騒ぎ。読み聞かせしていても、このシーンはすごく盛り上がります。
この奇想天外なお話は、爪も髪の毛も捨てられちゃってかわいそうだよなぁっていう思いがアイデアのもとになっています。どうも僕は、はじき出された者の気持ちになっちゃうんですよね。だから、そういう者たちにも活躍の場を与えたくなるんです。
『ぼくのえんそく』でも、はじき出された者の気持ちを描いています。ぜひ読んでみてくださいね。
……穂高順也さんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→)