絵本作家インタビュー

vol.102 編集者・絵本作家 後路好章さん(前編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、編集者歴45年、現在は絵本作家としても活動する後路好章さんです。編集者として1500冊を超える本の出版にかかわってきたという後路さんが、今一番力を入れている“赤ちゃん絵本”の魅力とは? 新作「こぶたちゃん」シリーズの制作エピソードやお孫さんとの楽しい時間についてもお話しいただきました!
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→

編集者・絵本作家・後路好章さん

後路 好章(うしろ よしあき)

1940年、北海道生まれ。編集者、絵本作家。北海道大学卒業後、学研の学年別学習誌の編集長をはじめ、あかね書房、アリス館の編集長を歴任。著書に『絵本から擬音語擬態語ぷちぷちぽーん』(アリス館)、絵本に『うまれるようまれるよ』(絵・かさいまり、アリス館)、『もうわらった』(絵・かさいまり、教育画劇)、『だあれだ だれだ?』(絵・長谷川義史、ポプラ社)、『あそぶのだいすき こぶたちゃん』(絵・とみながゆう、赤ちゃんとママ社)などがある。赤ちゃん絵本研究会代表。

子どもたちとの触れ合いを通じて、絵本の力を実感

私はこれまで45年間、編集者として仕事をしてきたんですが、一番大きな転機が訪れたのは50歳を過ぎてからのことでした。

52歳で縁あってアリス館という出版社に入ったんですが、当初は編集者が私一人だったんです。さて何をやろうと考えたとき、まずは絵本が読まれている現場を徹底的に調べて、それから企画を立ててみようかなと思いましてね。絵本研究家の高山智津子さんの薦めで、尼崎にある「おさなご保育園」を訪れるようになりました。

ばいばいまたね
ぶらぶらさんぽ
きょうからおはし

▲後路さんが編集者としてかかわった「ゆうちゃん」シリーズ。0~1歳向きの『ばいばいまたね』、1~2歳向きの『ぶらぶらさんぽ』、2~3歳向きの『きょうからおはし』など全9冊。兵庫県尼崎市の「おさなご保育園」の実践が元になった人気絵本です(いずれも文・とくながまり、絵・みやざわはるこ、アリス館)

保育園では子どもたちの仲間に入れてもらって、手をつないで散歩に行ったり、一緒に保育士さんが絵本を読むのを聞いたりしました。すると、自然と子どもの意識になっていくんですね。その状態で保育士さんが読んでくれる絵本を見てみると、自分で読む絵本よりもずっとおもしろくて……そこで改めて、絵本の力を実感したんです。

この経験は私にとって、編集者としての細胞が総取っ替えされるような大きな出来事でした。それまでの私はたぶん、子どもたちに教えてあげよう、というような姿勢で本をつくっていたと思うし、絵本に子どもの意見を取り入れるようなこともなかったんですね。これはもしかして、かなり不遜な編集者だったのかもしれないと気づいたわけです。それからは、子どもたちから学びながら、もっともっと喜んでもらえる絵本をつくりたいという強く思うようになりました。

そうしてできたのが、「ゆうちゃん」シリーズ。高山智津子さんを中心に、文をおさなご保育園の徳永満理園長、絵を宮沢晴子さん、企画アドバイザーを調理師の小西律子さん、そして編集を私が担当して、1~3歳までの発達を絵本化しました。4年間で計9冊の絵本をつくったんですが、その間「おさなご保育園」には30回以上通ったんですよ。とても楽しかったですね。

赤ちゃんはおもしろい音を待っている

うまれるようまれるよ

▲後路さんの絵本作家としてのデビュー作『うまれるようまれるよ』(アリス館)。絵はかさいまりさん。

私は“赤ちゃん絵本研究会”の活動の一環で、葛飾赤十字産院のご協力のもと、何百人という0歳の赤ちゃんとお母さんに絵本を読んできたんですね。

その中でわかったことは、赤ちゃんはおもしろい音を待っている、ということ。赤ちゃんもそれぞれ個性はあるんですが、どの子もおもしろい音には反応するということに気づいたんです。

赤ちゃんは生まれたばかりでも、お母さんの顔をずっと見ているでしょう。お母さんが「レロレロレロ……」と声をかけると、ほとんどの赤ちゃんは口を動かすんですね。これは模倣行動といって、赤ちゃんの発達に欠かせない過程です。そういった理論書に書いてあるようなことを、たくさんの赤ちゃんと実際に接しながら、確かにそうだなと理解するようになりました。そして、0歳、1歳の赤ちゃん向けに絵本をつくってみたいという欲求がわきあがってきたんです。

絵本から擬音語擬態語ぷちぷちぽーん

▲擬音語・擬態語の魅力たっぷり!『絵本から擬音語擬態語ぷちぷちぽーん』(アリス館)

私の作家としての初めての絵本は、かさいまりさんとの『うまれるようまれるよ』。恐竜の赤ちゃんが生まれる場に、森中の動物たちが駆けつけて、みんなで赤ちゃんの誕生を祝うというお話です。

実はこの絵本、最初はかさいさんの絵だけで、文はついていなかったんですね。でも絵を見ていたら、動物たちが走っている音が聞こえてくるような気がしたんです。それでかさいさんに、擬音語・擬態語をいっぱい入れた文をつけてはと提案したら、「それなら後路さんが文をつけて」って言われてね。それで“挿絵”ではなく“挿文”をさせてもらうことになりました。

擬音語・擬態語は日本語独特の感覚的な言葉で、いくらでも自由に造語できるのが特徴です。『うまれるようまれるよ』には、ぶたが走る音を「ぶにぶに」、りすが走る音を「ちろろ ちろろ ちろろ」など、それぞれの動物の特徴からイメージした新しい擬音語をたくさん盛り込みました。

少年時代の自分との共作『おじいちゃんと日の出を見たよ』

おじいちゃんと日の出を見たよ

▲後路さんが少年時代に北海道美瑛町で見た日の出を思い出してつくったというお話『おじいちゃんと日の出を見たよ』(絵・小林ゆき子、佼成出版社)

私は、北海道の美瑛町で生まれ育ちました。家から見て東側は大雪山で、元旦には山の向こうから日が昇ってきます。それがすごくきれいだったんですね。

そんな子どもの頃の感動は、私の心の中にアルバムのように1ページ1ページ、折り畳まれて残っていたようです。60歳を過ぎて、精神的にも少し余裕ができてきた頃、当時の感動がぶわっと立ち上がってきたんですね。そしてもう一度、あの感動を味わってみたいと思うようになりました。

毎日のように日の出を見ていたら、その日によって大きさや色も違えば、出てくる位置も違うという当たり前のことに改めて気づいたんですね。そして、これを絵本にしたいなぁと思うようになったんです。それでつくったのが『おじいちゃんと日の出を見たよ』。子どもの頃の私と、50年後の私の二人が主人公になってできた作品です。

絵は小林ゆき子さんにお願いしたんですが、小林さんからはちょっと時間をくださいと言われたんですね。理由を聞くと、「日の出は確かにきれいだけれど、まだ深い感動まで味わっていない。後路さんと同じぐらい感動しないと描けないので……」とのことでした。

絵ができあがるまで、結局2年ぐらいかかったかな。その間に、一緒に日の出を見に行ったりもしました。何回も何回も描き直してくれて、そのたびに絵が変わっていって……初めは屋根とかいろいろ描き込んであったんですけど、そういうものがどんどん省略されてきたんです。主役は太陽ですから、余計なものは極力削られていったんですね。絵描きさんの頭の中の変化を垣間見た気がして、とても興味深かったです。


……後路好章さんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→


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