絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『やこうれっしゃ』や『がたごと がたごと』の絵でおなじみの絵本作家・西村繁男さんです。たくさんの人やものが細かく描かれた西村さんの絵本は、じーっと見ていても飽きることがありません。西村さんがこれまで歩んでこられた絵本作家人生とは? 絵本を楽しむ親子へのメッセージもいただきましたよ!
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→)
1947年、高知県生まれ。中央大学商学部、セツ・モードセミナー卒業。『絵で見る日本の歴史』で第8回絵本にっぽん大賞、『絵で読む広島の原爆』(文・那須正幹、いずれも福音館書店)で第43回産経児童出版文化賞など、多くの賞を受賞。主な作品に『おふろやさん』『やこうれっしゃ』(いずれも福音館書店)、『なきむしようちえん』(文・長崎源之助)、『がたごと がたごと』(文・内田麟太郎、いずれも童心社)、「おでんさむらい」シリーズ(文・内田麟太郎、くもん出版)、『じごくのラーメンや』(文・苅田澄子、教育画劇)などがある。
絵を仕事にしようと決めたのは、大学1年のとき。大学は絵とはまったく関係のない学部だったんですけど、大学に入ってから、さて何をやろうかと考え出してね。当時はイラストレーターが新しい職業としてわーっと出てきたときで、絵を描くのは子どもの頃から好きだったから、それならイラストレーターになろうと決めました。
イラストではなく絵本で行こう、と考えるようになったのは、縁あって絵本作家の田島征三さんと知り合ったのがきっかけです。イラストと比べると絵本は、一冊一冊が形になって読み継がれていくものでしょう。そこが魅力だったんですよね。
▲西村繁男さんの“観察絵本”『おふろやさん』(福音館書店)と『にちよういち』(童心社)絵を隅々まで見ると、いろんな物語が感じられます。
ただ僕は、ストーリーをつくるのが苦手だったんですね。初めての絵本『くずのはやまのきつね』は大友康夫くんが文章を書いてくれたおかげでできたんですけど、そのあとどうしようかと思って。そんなとき出会ったのが、五十嵐豊子さんの『えんにち』という、文字のない絵本。そうか、自分の好きな世界を描けばいいのか、それならつくれるなと。そうしてできあがったのが『おふろやさん』です。
▲親子2代で楽しんでいる方も多いのでは?『やこうれっしゃ』(福音館書店)
『おふろやさん』『にちよういち』『やこうれっしゃ』などの初期の絵本を、僕は“観察絵本”と呼んでいます。『にちよういち』だったら、市場を行き交う人々を徹底的に観察して描くんです。どんな人が通るか、どんなお店があるか―― ひとつのものじゃなくて、いろんな人、いろんなお店を細かく描くのが好きなんです。
取材のときは、写真はいっぱい撮りますが、スケッチはほとんどしません。あとはメモです。自分のアンテナにひっかかる人やものがあれば、すかさずメモ。『やこうれっしゃ』のときは、実際に夜行列車に何回も乗ったんですよ。車内で寝ている人を見ては、その寝姿をメモしました。さすがに写真に撮るわけにはいかないですからね(笑)
“観察絵本”をつくったことで、自分の好みの世界を描けば絵本がつくれるとわかったんですけど、同じパターンばかり続けていたくないってのもあって…… そんなタイミングで福音館の編集の方から、「日本の歴史の絵本をつくりませんか」と声がかかったんです。歴史なんて特に好きでもなかったんだけど、その頃はあんまり仕事もなかったし、せっかく声をかけてくれたんだからと、引き受けることにしました。
でもそれからしばらく、どうつくればいいか迷ってしまってね。学校で習ったような事件史・人物史でつくっていくと、どうも自分らしくない。2年半ほど迷ってふと、そうだ、『おふろやさん』や『やこうれっしゃ』の作者が描く日本の歴史なんだから、人をいっぱい描けばいいんだ、と気づいたんです。それで、観察絵本よりさらに細かく、俯瞰で見た絵を描くことにしました。そうしてできあがったのが、『絵で見る日本の歴史』です。
▲俯瞰で見た全体像を細かく描いた三冊『絵で見る日本の歴史』、『ぼくらの地図旅行』(文・那須正幹)、『絵で読む広島の原爆』(文・那須正幹、いずれも福音館書店)
その後、『ぼくらの地図旅行』で「ズッコケ三人組」シリーズの那須正幹さんと知り合うんですね。那須さんは3歳の頃に広島で被爆された方で、50年近く経っていろんなものが風化していく中、客観的に広島を描く絵本をつくりたいと思ってたらしくて。僕の細かい絵ならいろんなデータが詰め込める、ということで、僕とやりたいと那須さんがリクエストしてくれました。
実は広島の原爆というのは、ずっと僕の中の宿題だったんですよ。20代の頃、広島の語り部・佐伯敏子さんとの出会いをきっかけに、原爆の絵本をいつかつくろうとずっと思っていたんです。ただテーマが大きすぎて、なかなかできずにいて…… 那須さんが『絵で読む広島の原爆』のテキストを書いてくれたおかげで、やっと長年の宿題をやり遂げることができました。
『絵で見る日本の歴史』の最後は、広島の場面で終わります。そして、『絵で読む広島の原爆』の始まりは、俯瞰で見た広島なんです。それに、『ぼくらの地図旅行』があったから、那須正幹さんとも出会えた。僕の中ではこの3冊は、ずっとつながってるんですよ。
内田麟太郎さんとは、僕が絵本をつくり始めたばかりの頃、内田さんが看板の仕事をしながら詩を書いてる頃からの知り合いなんです。
気がついたら内田さんは、いつの間にか絵本をいっぱい書いててね。だから久しぶりに会ったとき、「内田さん、僕にもなんかテキスト書いてよ」って言ったんですよ。そうしたら、すぐに書いてくれて。そうしてできたのが、『がたごと がたごと』。その後も内田さんとは、『おばけでんしゃ』『むしむしでんしゃ』、『だが しかし』、「おでんざむらい」シリーズなど、いろんな絵本をつくっています。
▲ページをめくる楽しさがいっぱい! 内田麟太郎さん×西村繁男さんの人気絵本『がたごとがたごと』、『おばけでんしゃ』、『むしむしでんしゃ』(いずれも童心社)
内田さんの書くテキストには、ト書きが入ってるんですね。『がたごと がたごと』なら、「おきゃくが おります ぞろぞろ ぞろぞろ」に「※降りてくるのは、ひとはひとでも、お化けたちである」という感じ。このト書きがすごく大事で、これがあるからこそ発想がばーっと広がっていくんです。
内田さんと組むことで、自分の新たな一面を掘り起こしてもらった気がします。それまでと違って、取材・観察をせずに、頭の中でつくった世界を描くようになったわけですから。
相性もいいんでしょうね。ほかの人の文章に絵を描くとなると、どうしても文章の方に引きずられたりしちゃうんだけれど、内田さんとの場合はそれがないんです。内田さんの思っているものと僕の思っているものがうまい具合に合わさって、2倍3倍になってできあがるんですよね。絵を描く上でのヒントはくれるけれど、どう描くかはこちらに任せてくれるから、自由に描ける。だからおもしろい絵本になるんだと思います。
……西村繁男さんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→)