絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、150万部を越えるロングセラー絵本『わたしのワンピース』の作者、西巻茅子さんです。子どものときに読んだ『わたしのワンピース』を今また親子で楽しんでいる、という方も多いはず。これほどまでに多くの読者を魅了する絵本は、どのようにして生まれたのでしょうか。鎌倉のご自宅兼アトリエでお話を伺ってきました。
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→)
1939年、東京都生まれ。東京芸術大学美術学部工芸科卒業。『ちいさなきいろいかさ』(文・もりひさし、金の星社)で第18回産経児童出版文化賞、『えのすきなねこさん』(童心社)で第18回講談社出版文化賞など、多くの賞を受賞。主な絵本に『わたしのワンピース』『ふんふんなんだかいいにおい』『だっこして』『あいうえおはよう』(こぐま社)、『かささしてあげるね』(文・はせがわせつこ、福音館書店)、『はけたよ はけたよ』(文・神沢利子、偕成社) などがある。
▲西巻茅子さんの代表作『わたしのワンピース』(こぐま社)。世代を超えて愛されるロングセラー絵本です
『わたしのワンピース』が出版されたのは、1969年のこと。当時の絵本は、名作や民話に絵をつけた、ストーリーで見せる作品ばかりでした。でも、私が絵本をつくるなら、絵が引っ張っていくものにしたい。文章はなくてもいいから、絵が変化していくだけで楽しめる絵本をつくりたい ―― 『わたしのワンピース』は、そんな思いから生まれたんです。
発想の原点は、着せ替え人形。私が子どもの頃はリカちゃん人形なんてなかったから、よく自分でつくって遊んでたんですね。いろんな服を描いて着せるのは、とても楽しくてワクワクすることでした。きっと子どもなら誰だって着せ替えが好きなはず。だったらそれを絵本にすればいいんだわって思いついて。描いているうちに、やっぱり空を飛んだ方がいいかしら?なんて感じでさらに広がって、ああいう展開になりました。
最初は文章はなくて、絵だけで進んでいくお話だったんです。ただ、編集者からなかなか理解が得られなくて……。花畑を通ったらなんで花の模様になるのか、意味がわからないから、「花が大好きだから花の模様になったらいいな」みたいな感じで文章を足すようにと言われてしまったんです。でも、せっかく絵だけで楽しめる絵本なんだから、そんな文は必要ないって私は思ったんですね。
いろいろと話し合った結果、文章をつけることになりました。「ミシン カタカタ」「ラララン ロロロン」といった文章にしたのは、本をめくっていくときの伴奏みたいな文がいいと思ったから。説明的な文は避けて、短い文だけにしました。
人気が出たのは、出版されて5、6年経ってからのこと。常に貸し出し中で「本棚にない本」だと、図書館の方が新聞で紹介してくれたんです。その記事を読んだときは、子どもたちにはちゃんと伝わっていたんだとわかって、すごくうれしかったですね。
▲絵描きのお父様をモデルに描いた『えのすきなねこさん』(童心社)
私の父は絵描きだったので、私は小さい頃からたくさん絵を見てきたんですね。だから、絵を見る力はあったと思うんです。でも、父が描いた絵の中には、いい絵もあれば、つまらない絵もあって…… “いい絵”は何が違うんだろう、どうしたら“いい絵”が描けるんだろうって、ずっと不思議に思っていました。
ところが子どもは、あっという間に“いい絵”を描くんですよね。私は絵本の仕事を始める前、子どもに絵を教えていたことがあるんですけど、そこで見た子どもたちの絵があまりに素晴らしくて、とても驚いたんです。子どもって画材さえあれば、何も教わらなくても“いい絵”を描いちゃうんですね。それはもう、本能的に。そしてそこには、人間の生きていく力みたいなものが込められているんです。
子どもたちが絵を描くのは、それが楽しいことだから。好きで描いているからこそ、ああいう“いい絵”が生まれるんです。でも、複雑な社会の中で大人になっていくにしたがって、その力が削がれていってしまうんですよね。それなら、私も子どものときの感覚を取り戻して描かなくちゃ。そうしないと“いい絵”はなかなか描けないはずだって思うようになりました。
だから私は、絵本の仕事を始めるにあたって、決心したんです。技術は捨てようって。技術に寄りかかって仕事をすれば、通り一遍のことはできるでしょう。でもそれは、誰もがやっていることじゃないですか。子どもたちは、技術なんてなくてもあんなに素晴らしい絵を描くわけです。そして私も子どもの頃には、そんな風に描く力を持っていたに違いない。だから、技術を極力使わずに、素の絵を描いていこうって決めたんです。
といっても、手が勝手にスッスッスッと動いてしまって、つまらない絵ができあがってしまうことは、今でもあるんですよ。そんなときは、子どものときの感覚で描けるようになるまで、何回も描き直しています。
▲刺繍とアップリケでつくった、「あいうえお」と数の絵本『あいうえおはよう』、『ぼくたち1ばんすきなもの』(いずれもこぐま社)
『ボタンのくに』や『わたしのワンピース』、それから刺繍とアップリケでつくった『あいうえおはよう』と『ぼくたち1ばんすきなもの』…… 振り返ってみると、どれも“お裁縫”がキーワードになっているんですよね。これはやっぱり、子ども時代の経験が大きく影響していると思います。
私の母は、洋裁の仕事をしてたんですよ。だから家では朝から晩までミシンの音がしていたし、私の目の届く範囲には布やボタンがたくさんありました。大きなアトリエのこっちでは絵描きの父が油絵を描いていて、向こうでは母が洋裁をしている…… そんな家で暮らしていたんです。私は自然と、絵を描いて遊んだり、余ったきれで遊んだりしていました。
自分としては特に意識はしていなかったんだけれど、そういう経験があったから、お裁縫にまつわる絵本ができあがったんでしょうね。小学校のときのお友達からは、「『わたしのワンピース』って、子どもの頃に遊びに行ったあなたのおうちがそのまま描かれてるのね」なんて言われたんですよ。
年をとればとるほど思うのは、子ども時代の経験って本当に大事だなってこと。もしも心に容量があるとしたら、底の方に詰まっているもののほとんどは、子ども時代の心の経験だと思うんです。
たくさんの絵本を見ることも、心にとってすごくいいことですよね。楽しい絵本を読めば、楽しい経験として心に蓄積されていきます。もちろんそれは、絵本に限ったことではないんですよ。子ども時代の経験は何だって、その後の人生の糧になるはず。だから、いろんな経験をして、いろんな絵本と出会って、いい子ども時代を送ってほしいなと思います。
……西巻茅子さんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→)