絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『ぼくのかえりみち』でおなじみの絵本作家・ひがしちからさんです。白い線の上だけを歩くという、誰もが子ども時代に経験したことのあるような遊びを題材にした『ぼくのかえりみち』は、ミーテでも大人気の一冊。今回は、絵本づくりにおけるこだわりや、新作『おじいちゃんのふね』に込めた思いなどを伺いました。
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→)
1972年、大分県生まれ。筑波大学芸術専門学群視覚伝達デザイン科卒業。2004年、第5回ピンポイント絵本コンペで優秀賞を受賞。受賞作をもとにつくった『えんふねにのって』(ビリケン出版)で、2006年に絵本作家デビュー。主な作品に『ぼくのかえりみち』『いま、なんさい?』(BL出版)、『ひみつのばしょ』(PHP研究所)、『ぼくひこうき』(ゴブリン書房)、『おじいちゃんのふね』(ブロンズ新社)などがある。
▲ひがしさんのデビュー作『えんふねにのって』(ビリケン出版)。園バスならぬ“えんふね”に乗っての通園風景を描く
絵本に興味を持ったのは、大学時代のサークル活動がきっかけです。児童文学を研究するサークルに入ったんですけど、そこでいろんな絵本と出会ったんですよ。
その頃はちょうど、スズキコージさんや飯野和好さんなど、イラストの世界で活躍している作家さんたちが絵本を描き始めた時期でした。イラストレーターの方たちが描く絵本は、それまでの絵本とはまったく違って、とても自由に表現していたんですね。そういうのを見ていて、これはおもしろいな、と感じたんです。
特に、きたむらさとしさんの『ぼくはおこった』(評論社)には衝撃を受けましたね。絵本の絵って、余白が多い、挿絵みたいな印象があったんですけど、『ぼくはおこった』は、絵本の中の世界がページいっぱいにびっしりと描き込まれていたんです。見ていてとても新鮮だったし、ここまでちゃんと世界をつくることができるって、すごいなと思いました。
大学ではデザインの勉強をしていたので、卒業後はデザイナーとして働いていた時期もあったんですけど、デザイン以外にもいろんなことに興味があったんですね。イラストもやりたいし、物語も書きたいし、写真も好きだし …… でもよく考えたら、絵本ならそのすべてができると気づいたんです。写真絵本という形をとれば写真も撮れるし、ブックデザインにもかかわれる。いろんなことが総合的にぎゅっとつまっている感じがしたんですよね。絵本作家を目指すようになったのは、そんな絵本の可能性に惹かれたからだと思います。
▲新作も船が題材となっています。『おじいちゃんのふね』(ブロンズ新社)
『えんふねにのって』は、理詰めで考えてつくった絵本です。
僕の中には、絵本をつくるときのセオリーがいくつかあるんですね。たとえば、「最初のページで魔法をかける」。これは、この絵本の担当編集者さんの言葉なんですが、絵本の出だしって、とても大切なんですよね。そこのでき次第で、その世界に入り込めるかどうかが決まるわけですから。『えんふねにのって』では、女の子が何かが来るのを待っている様子を描きました。そこには、まだ船は描きません。「何が来るんだろう?」って興味が湧きますよね。これが“魔法をかける”ということです。
その次のページには、あえて女の子を描きませんでした。そうすることで本を見ている子が、向こうからやってくる船を女の子と同じ目線で見て、一緒に「来たー!」って感じることができるんです。
ページごとに見せ方を変えるのも、絵本をつくるときのセオリーのひとつです。船に乗り込むシーンでは、船を真横から捉えて不安定な感じを出し、船が出発したら今度はぐっと引いて、“えんふね”のまわりにある世界を描きました。いろんなエピソードをコマ割りで描いたページもあります。そうやってカメラの角度を変えて描くことで、退屈させないようにしたんです。
物語に深みを持たせるために、船の中の子どもたちの様子も細かく描きました。けんかをしてる子もいれば、水を触ってる子もいる。ただ船にじっと乗ってるわけじゃないんですよね。背景には、トラックや郵便屋さんを何度か登場させて、時間の経過を感じさせるようにしています。
起承転結の“転”の部分では、いつもの通園風景と違う事件が起こるんですが、その場面の船を捉えるアングルも、計算の上で描きました。どんなアングルから描いているかは、絵本で見てもらえたらうれしいです。
最近また『おじいちゃんのふね』という、船が登場する絵本を出しました。子どもの頃、よく船に乗って磯釣りに出かけたりしていたので、船は好きなんですよね。この絵本も、カメラアングルや起承転結など、僕なりのセオリーに基づいていろいろと工夫してつくっています。船を描くにあたっては、実際に船の模型をつくったり、港や造船所に取材に行ったりもしたんですよ。
▲白線の上をたどって家に帰ることにした男の子の大冒険を描いた『ぼくのかえりみち』(BL出版)
絵本作家として心がけているのは、キャラクターに頼らない絵本づくりをしようということ。具体的には、キャラクターをアップで描かないようにしています。僕がこれまでにつくった絵本は、ほとんど“引き”の絵ばかりで、大きな顔ってほとんどないんですね。『ぼくのかえりみち』だと、一番大きいものでも、お母さんに飛び乗ったときの顔ぐらい。ほかにはまったく顔のアップを描いていないんです。
僕はもともと、絵本をつくり始めた頃から、物語の世界が存分に楽しめる絵本をつくりたいと思っていたんですね。物語の世界をつくるためには、キャラクターをどーんと見せるのではなく、細かいところをいろいろ考えて、広がりを見せた方がおもしろいと思ったので、自然とそういう絵を描くようになりました。
重力を感じさせる絵を描くというのも、意識してやっていますね。イラストとしては、地面も何もない平面にぽんと人物を描くこともできるんです。でも僕は、絵本の中の世界では、人物はちゃんと立って、ちゃんと歩いていてほしい。それがその世界に住む人たちの存在感というか、リアリティにつながるように思うんです。
あと、物語にはちゃんと結末を用意する。やりっぱなしにはしない。これも心がけていることのひとつです。子どもたちが読む絵本なので、読み終わったら幸せな気持ちになれるものがいいなと。読後のそういう感覚って、絵本の場合は特に、とても大切だなと思っています。
……ひがしちからさんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→)