絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『だいじょうぶ だいじょうぶ』でおなじみの絵本作家・いとうひろしさんです。ユーモラスで温かみのある絵本や幼年童話をたくさん生み出されているいとうさんに、人気絵本の制作エピソードや子育てについて思うことなど、たっぷりと伺いました。お話の中には、毎日を楽しむためのヒントがいっぱいつまってますよ!
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→)
1957年、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業。大学在学中より絵本の創作をスタートし、1987年、『みんながおしゃべりはじめるぞ』でデビュー。主な作品に『くもくん』、「ルラルさん」シリーズ(以上、ポプラ社)、『だいじょうぶ だいじょうぶ』(講談社)、『ねこのなまえ』、「あかちゃんのおさんぽ」シリーズ(以上、徳間書店)、『へびくんのおさんぽ』(鈴木出版)、『ゆっくりのんびり』(絵本館)などがある。日本絵本賞読者賞、絵本にっぽん賞、路傍の石幼少文学賞、講談社出版文化賞絵本賞など、受賞多数。
▲いとうひろしさんのデビュー作『みんながおしゃべりはじめるぞ』(絵本館)。2009年に加筆修正の上、復刊された新バージョンです
僕が絵本をつくるようになったのは、学生時代のことです。大学で子どもの本のサークルに入っていて、最初はアメリカの絵本の歴史や古典の研究なんかを主にやっていたんだけれど、そのうちに自分たちでもつくってみようかという話になって。
その頃につくった僕の絵本はみんなから好評で、「もう少し体裁を整えれば本屋に並んでてもおかしくない」なんて褒められたりしてたんです。僕は褒められると調子に乗るタイプなんで、「こんなのでよければいくらでもできるよ!」って、どんどんつくるようになりました。『ルラルさんのにわ』も、原型はその頃につくったんですよ。
デビュー作の『みんながおしゃべりはじめるぞ』は、公園でかくれんぼしていた子どもたちが、石や木の声を聞くというお話なんですけど、僕がとても大事だと思っている“共感する能力”について、すごく端的に表現できた一冊です。
たとえば、「だめよ」と言われてきょとんとしている赤ちゃんの表情から、「すいません、何か悪いことしました?」みたいなセリフを読み取るとか。ほかの生き物でもいいんです。道端で犬のフンを踏んでしまうと「うわぁ、やだー!」って思うでしょう? でももし自分がハエだったらどうだろうって想像してみるんです。きっと、「こんなところにご馳走が! 今日はなんてラッキーな日なんだ!!」って思うわけじゃないですか。
そんな風に、人はもちろん動物にも植物にも、石にも風にも共感していくと、今まで見えなかった世界が見えてくるんです。それができるようになると、もう退屈なんてできないですよ。これは僕の、この世界へかかわるための方法で、物語をつくり出す方法でもあるんです。
▲いつもかめさんと一緒にゆっくりのんびり過ごす、はなちゃんのお話『ゆっくりのんびり』(絵本館)
僕の頭の中には、パラソルを差してるブタとか、体中に落書きされている犬とか、わけのわからないやつらがたくさんいます。そいつらは、ごはんのときとかお風呂に入っているときとか、何でもない日常の中でときどき突然現れるんです。
たとえば、ごはんを食べていたときのこと。テーブルの上の皿の間を、スコップをかついだトラが横切るわけです。おもしろそうだからついていくと、トラは林の中に入って、スコップで穴を掘り出すんですね。そして辺りをそーっと伺ってから、自分の縞模様をペリペリッとはがして、穴の中にぽんぽん入れて、埋めちゃうんです。
縞模様がなくなったそいつは、さらに奥の方に行って、また穴を掘り出すんですね。そして今度は穴の中からヒョウ柄を取り出して、くっつけていくんです。トラはヒョウになって、そのままどこか遠くに行ってしまいます。僕はごはんを食べながらそれを見て、「あぁ、トラはヒョウだったんだ」なんて思うわけですよ。
僕は普段、「これ、絵本にできるかな?」と思って何かを見るということを、しないようにしてるんですけど、その反面で、意識下では全部そういう風に見ているんでしょうね。「こいつは使えるぞ」ってものはいつのまにか頭の中にインプットされていて、フラッシュバックみたいな感じでパッパッパッと形が見えてくるんです。たぶんそこで見えてきたものを、ものすごい瞬間的な作業でぽんぽんぽんとお話にしていっているんだと思います。
僕にいわゆる才能があるのならば、そういうわけのわからないものを、頭の中にずっと飼っておけるっていう部分なんじゃないかな。絵本作家をあと何年続けられるかわからないけれど、今頭の中にいるものだけでも十分やっていけると思ってます。また新しく来るやつもいるだろうから、自分の仕事のペースを考えると、「ごめんなお前、出れなかったな」なんてのもいるでしょうね。
ルラルさんはもともと、いじわるキャラだったんですよ。自慢の芝生の庭には誰にも入らせない、完璧主義のこだわり派。でもそのキャラクターは、一話目の『ルラルさんのにわ』で劇的に崩れてしまいます。庭に誰かが入ってきても、まぁいいや、これでいいんだって思えるようになったんです。
今の時代、親にしても子どもにしても、「ちゃんとやらなきゃだめ」「こうしなきゃいけない」みたいなことに縛られている人が多いでしょう。でもルラルさんは、自分の考えてたことが思い通りにいかなくても、その中でいいことを見出したり、幸せを感じたりできる。それができると、気分的にすごく楽なんじゃないかなって思うんですよ。
▲いとうひろしさんの人気絵本「ルラルさん」シリーズは、今年20周年。『ルラルさんのにわ』、『ルラルさんのごちそう』、『ルラルさんのじてんしゃ』、新作は生まれてきたことへの喜びと感謝の気持ちを描いた『ルラルさんのたんじょうび』(いずれもポプラ社)。ほかに『ルラルさんのバイオリン』、『ルラルさんのほんだな』がある
たとえば、子連れで旅行に出かけようってことで、いろいろ予定を立てたとしますよね。でも結局、予定の半分できたらOKで、たいていは三分の一くらいで終わると思うんです。全部やろうとすると失敗することが多い。ただ案外、失敗したときの方がおもしろかったりするんですよね。
予定していたことを完璧にこなすってことは、あくまで自分の想定の中でのみ動いているっていうこと。でも、本当のおもしろさって、思いもよらないところでやってくるんですよ。もちろん、困ったことが起こることもあるんだけど、逆に困ったことの中にこそ、思いも寄らない楽しみや喜びがいっぱいあるはずなんです。僕としては、予定していた範囲内だけで動くのと、どっちが豊かなの?って思っちゃうんですよね。
……いとうひろしさんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→)