絵本作家インタビュー

vol.61 絵本作家 葉祥明さん(前編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、やさしくあたたかな色合いで、心がほっとするような風景をたくさん描かれてきた絵本作家・葉祥明さんです。『おつきさま』の絵や『地雷ではなく花をください』『イルカの星』など、300冊を超える絵本をつくり続けてこられた葉さんにとっての心の原風景や、絵本で伝えたい思いなどをお話しいただきました。
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→

絵本作家・葉祥明さん

葉 祥明(よう しょうめい)

1946年、熊本県生まれ。1970年、ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグに留学、油絵を学ぶ。『ぼくのべんちにしろいとり』(至光社)、『イルカの星』(佼成出版社)、『おつきさま』(文・やすいやえこ、フレーベル館)、『星空のシロ』(文・井上夕香、国土社)などの絵本のほか、画集、詩集、エッセイなど、著書多数。人間の心を含めた地球上のさまざまな問題をテーマに創作活動を続けている。北鎌倉と阿蘇に美術館がある。
葉祥明オフィシャルホームページ http://yohshomei.com/

呼吸するように絵を描いていた少年時代

絵本作家・葉祥明さん

僕は子どもの頃から、白い紙切れがあれば、何か描いていました。地面には枝で、アスファルトの舗道には白墨で、お風呂場の湯気でくもったガラスには指で描く。僕にとって描くことは呼吸するのと同じような、ごく自然な行為だったんです。まったく自然で、無理がない。でもこれは、多くの子どもがそうですよね。子どもはいたずら描きとか落書きとかするでしょう。あれと同じです。

世の中っていうものを意識し始めたのは、小学4年生のとき。それまでは、夢のように楽しい自分の世界で、自分の必要なものだけを見て生きてきたんだけれど、ある日、算数のテストをきっかけに、いわゆる人間の世界が見えてきました。

世の中にはテストの点数がいい人と悪い人、そしてその中間の人がいる。僕はどう考えても中間。ならこれからどうする? 結論は、中間でいいやと。なぜなら、自分の持っているエネルギーは、自分の好きなことをするためにとっておきたかったから。だからテストについては、ほどほどでいいと決めたんです。

僕が好きなことは、空を見ること。絵を描くこと。それから詩や文学も好きだった。だから、図書館に通って、本から学びました。本にはあらゆることが書いてあった。恋愛のことも世界のことも、宇宙のことまでも。それ以来、僕の学校は空と図書館で、先生は本でした。

自由を模索して絵本作家に

『ぼくのべんちにしろいとり』

▲葉祥明さんのデビュー作『ぼくのべんちにしろいとり』(至光社)。葉さんの描く白い犬ジェイクが初めて登場する絵本です

子どもの頃の僕は、大学を卒業したら、毎日が夏休みのような人生が待ってると思っていました。単に休日が好きというだけではなくて、休みが象徴する自由を求めていたのです。自由ということはつまり、僕が僕らしく生きられるということだから。

もちろん実際に大学を卒業する頃には、そういうわけにはいかないとわかったんだけれど、かといって企業に就職するというのも考えられなかった。22歳の僕は、自由に生きるにはどうしたらいいかを考えました。やりたいこと、できることから考えると、イラストレーターや挿絵画家。でも、仕事をもらうのは容易なことではなかったんですね。しばらく熊本の実家に帰って、親の経営するレストランで皿洗いをしていたこともありました。

ちょうどその頃、ある雑誌で谷内こうたさんの絵本『なつのあさ』を題材にした特集記事を見たんです。この出会いは衝撃でした。色がいいし、シンプルだし、僕と感覚がぴったり。僕と同世代なのに、すでに立派な絵本作家として活躍している。こんなのあり!?って。僕はそれまで、絵本というのは絵と文、それぞれ別の人が書くもので、しかももっと年配の人のつくるものだと思ってましたから。

僕は子ども時代から、国語と図工が大好きだった。だから文と絵が一緒になった絵本というのは、そのまま僕が好きなことだったんですね。これならやれるぞ!と感じました。それからは、描いた絵本を出版社に持っていく日々。3ヶ月ほどして、『ぼくのべんちにしろいとり』を初めての絵本として出せることになりました。

あのとき谷内こうたさんの記事を見なければ、今の僕はない。だから谷内こうたさんは一生の恩人です。

どこまでも続く空と大地は、僕の原風景

葉祥明阿蘇高原絵本美術館

▲葉さんの描く絵の風景を思わせる「葉祥明阿蘇高原絵本美術館」。絵本の原画や詩の言葉が展示されています。美術館の詳細はこちら

僕の絵というと、どこまでも広がる地平線を思い浮かべる方が多いかと思うんですけど、ああいう感じの絵はデビュー作の頃から描いているんですよ。『ぼくのべんちにしろいとり』では、野原と青空を描きました。緑の野原に青空なんて、子どもが描くような絵でしょう。普通、絵描きは描かない(笑) でも僕は描いたんです。そこに犬のジェイクとハトがいる。ほっとするような1シーンになりました。

この風景がどこから来たのかといえば、阿蘇ですよ。僕の故郷、熊本で見た草原と青空。つまり、僕の原風景なんですね。それが絵本を描いていて、思いがけなく出てきたというわけです。僕はそれ以来、ずっと空と大地を描き続けています。子どもの頃にいつも見ていた風景だから、描いても描いても飽きることがありません。

僕の絵を見た人の中には、ある意味、「初めて空をじーっと見た」と感じる人もいるかもしれません。人は誰でも空を見ることはあるけれど、なかなか“じーっと見る”というところまでいかないですからね。絵の中の広々とした空間を見ていると、波立っていた感情がふーっと穏やかになっていくと思います。

でも、空と大地だけでほかに何もないと、見る人はだんだん飽きてくるんですね。だから僕は、家や木を真ん中にぽつんと描いているんです。そうすると、意識がそこにすーっと集中する。3つも4つも描いてあると散漫になってしまうので、僕が描くのは、基本的にひとつだけ。広々とした空と大地で心が静まる、そして真ん中を見て、集中。つまりはメディテーションなんです。じーっと見ていると、自然に癒やされるはずです。

といっても、僕はその“癒やし効果”を狙って描いたわけではなくて、自分が気持ちいいように描いていただけ。やさしいタッチで、シンプルに、自分にとって心地いいもの、安らぐものしか描かないようにしていたら、見る人も気持ちいいと感じてくれたんです。みんなも心の平静を求めているということかもしれませんね。


……葉祥明さんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→


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