絵本作家インタビュー

vol.98 翻訳家 こみやゆうさん(前編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『おかのうえのギリス』や『せかいいちおいしいスープ』など、クラシックな良書の数々を手がける翻訳家・こみやゆうさんです。ご自宅の一室で運営している「このあの文庫」を訪問し、翻訳家になるまでの道のりや、絵本を通じて伝えていきたいこと、絵本の選び方のコツなどについて伺いました。
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→

翻訳家・こみやゆうさん

こみや ゆう(小宮 由)

1974年、東京都生まれ。大学卒業後、児童図書出版社勤務。その後、カナダへの留学を経て、子どもの本の翻訳・編集に携わる。東京・阿佐ヶ谷で家庭文庫「このあの文庫」を主宰。主な作品に『あいちゃんのワンピース』(絵・宮野聡子、講談社)、訳書に『せかいいちおいしいスープ』『おかのうえのギリス』(岩波書店)、『たんじょうびおめでとう!』(長崎出版)、『たまごって ふしぎ』(講談社)などがある。
このあの文庫 http://konoano.tumblr.com/

祖父は翻訳家、実家は児童書専門店

子どもの本の専門店「竹とんぼ」

▲こみやゆうさんのご両親が熊本・阿蘇で営む子どもの本の専門店「竹とんぼ」 http://taketonbo.net/

僕の両親はもともと東京で出版社に勤めていたんですが、僕が小学校にあがるときに会社を辞めて、母の故郷・熊本で児童書専門店を始めたんです。「竹とんぼ」という店で、去年開業30周年を迎えました。

今になって感謝しているのは、親がけっして本を読めと強制しなかったことです。それでいていつも目につくところにたくさんの本があったから、それとなく見るようになるんですよね。小学生の頃には、『西遊記』や『はてしない物語』『ナルニア国物語』などを読みました。でも、漫画も普通に読んでいたし、どちらかというと、読書よりも外で遊ぶことの方が好きな少年でした。

本当の意味で本のおもしろさに目覚めたのは、高校3年のとき。大学が推薦で決まって、時間があったんですね。それで、祖父・北御門二郎が翻訳したトルストイの小説を読んでみることにしたんです。『復活』『アンナ・カレーニナ』『戦争と平和』の3部作から読み始め、たちまちトルストイ文学に引き込まれて、トルストイ以外にもドストエフスキーやゴーゴリなど、ロシア文学を読み漁りました。

大学時代は「人間とは何ぞや」「神とは何ぞや」「生きるとは何ぞや」なんてことを自問する日々。他人とかかわるのが怖くなって、いわゆる引きこもりみたいな状態でした。

そんなある日、改めてふと「竹とんぼ」の書棚に目がいったんです。何冊か手にとって読んでみるうちに、トルストイも児童書も、根底に流れるものは一緒なんだと気づきました。言葉にすると薄っぺらいけれど、ひとことで言えば“愛”だと思うんです。父と母が児童書専門店を始めたのはこれを伝えたかったからなのかと、そのとき初めてわかりました。

翻訳家は“黒子” わかりよくリズムよく訳す

せかいいち おいしいスープ

▲こみやさんが翻訳されたマーシャ・ブラウンの『せかいいち おいしいスープ』(岩波書店)

大学卒業後は東京に出て、児童書の出版社に就職しました。営業で全国の小学校を1000校以上は巡回しましたね。途中から編集も兼務して、翻訳絵本の編集を手がけたんですが、自分の英語力のなさを痛感……会社を辞めて、1年ほどカナダに留学して、英語力を磨きました。

帰国後もまた出版社に勤めて、営業や編集を経験したんですが、3年ほど前に会社を辞めて、今はフリーの翻訳家・編集者として仕事をしています。

カナダにいた頃から始めたのが、児童書の洋書集め。自宅の2階には700冊くらいあります。まだまだ日本では出版されていない楽しい本がたくさんあるんです。会社を辞めてからの一年間は、ひたすら出版したい洋書に粗訳をつけていきました。そしてそれを出版社に持ち込んで、出版を検討してもらいました。

翻訳家としての僕の恩師は、編集者時代に一番多く仕事をさせていただいた間崎ルリ子さんです。ほかに清水真砂子さんや中川李枝子さん、松岡享子さんとも仕事をさせていただきました。そういった方たちと仕事をする中で学んだのは、翻訳家は黒子だということ。自分の個性は極力表に出さず、わかりよくリズムよく訳すことを心がけています。

翻訳家として重要なのは、英語をどれだけ知っているかよりも、日本語をどれだけ知っているか。日本語ってすごく多様で繊細なので、どんな言葉を選ぶかで印象がかなり変わってくるんです。ですから、言葉の選び方にはとても気を配ります。

日常会話では使わないような言葉をあえて選ぶこともあります。美しい日本語を子どもたちに伝えていくのも、絵本のひとつの役割だと思っているからです。もちろん、それでかえって難しくなってしまったらだめなんですが、そうならない範囲で、子どもたちに伝えていきたい日本語を使うということは、毎回意識しています。

考古学者のように、すばらしい絵本を掘り起こす

僕はよく自分のことを“考古学者”だって言うんですよ。1930年から60年、70年ぐらいまでの、アメリカの絵本黄金期の作品を掘り起こす考古学者。 海外の絵本も新しい絵本や賞を獲った絵本は、日本でもどんどん紹介されるんですね。でも単に時間に埋もれてしまってるだけで、誰かが掘り起こしてあげさえすれば、まだまだ輝ける本というのもあります。なかには今の時代だからこそ紹介すべき本だってあるんです。僕はそんな本を1冊でも多く、日本の子どもたちに紹介しよう、と決めました。

マーガレット・ワイズ・ブラウンとレナード・ワイスガードによる絵本『たんじょうびおめでとう!』は、昨年末に出版されたんですが、今年早々に重版が決まりました。

たんじょうびおめでとう!

▲1歳の誕生日を迎えた動物たちは、それぞれ誕生日会を開いてもらいます。そこでもらう特別なプレゼントとは……?『たんじょうびおめでとう!』(文:マーガレット・ワイズ ブラウン、絵:レナード・ワイスガード、長崎出版)

この絵本の出版社の長崎出版さんからは、以前同じコンビによる『ききゅうにのったこねこ』という絵本を翻訳して出版しているんですが、そのときの編集者さんから、ほかにもこの二人の絵本はないのかとリクエストされたんですね。それで、いくつかこの二人の絵本をリストアップして見せたところ、これがいいですね、ということになって。誕生日を迎える喜びを感じることのできる1冊です。

僕の児童書業界における最大の存在価値は、翻訳ができるということよりむしろ、埋もれた洋書を見つける目利き力を持っていることだと思います。目利きした時点で、僕の仕事は7割くらい終わっているのではないでしょうか。その目利き力が培われたのは、ありがたいことに質のいい本に囲まれて育ったということと、社会人になってからの積み重ねなのかな、と思っています。

もちろん、翻訳を軽んじているわけではないですよ。翻訳は、これからもっと精進していなかければならない課題だと思っています。


……こみやゆうさんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→


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