絵本作家インタビュー

vol.47 メディアアーティスト 岩井俊雄さん(前編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、初めての描き下ろし絵本『100かいだてのいえ』が大ヒット! 昨秋には続編『ちか100かいだてのいえ』も出された、岩井俊雄さんです。“メディアアーティスト”という肩書きで活躍する岩井さんの素顔とは? 人気作が生まれた経緯、岩井さんならではの子育てなども伺ってきました。
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→

絵本作家・岩井俊雄さん

岩井 俊雄(いわい としお)

1962年、愛知県生まれ。筑波大学芸術専門学群在学中、第17回現代日本美術展大賞を最年少で受賞。三鷹の森ジブリ美術館の展示『トトロぴょんぴょん』、ヤマハとの共同開発による楽器『TENORI-ON』など、さまざまなインタラクティブアート作品を手がける。著書に『いわいさんちへようこそ!』(紀伊国屋書店)、『光のえんぴつ、時間のねんど―図工とメディアをつなぐ特別授業』(美術出版社)などがある。
いわいさんちweb http://iwaisanchi.exblog.jp/

“メディアアーティスト”として新しい表現に挑んできた

絵本作家・岩井俊雄さん

僕は昔からアニメーションが好きで、子どもの頃はよくノートにパラパラ漫画を描いていました。中学時代は手塚漫画、高校時代には安野光雅さんの『旅の絵本』や『ABCの本』に衝撃を受けて、いっぱい真似をしてましたね。でもその後、コンピューターグラフィックスがコマーシャルで流れるような時代になり、コンピューターを使えばこんな見たこともないアニメーションができるんだ!と知って、そういった新しい表現にすごく興味を持つようになったんです。

大学では現代美術、特に立体をつくるようなコースにいたので、立体としてのアート作品で、なおかつアニメーション的なエッセンスのあるようなものをつくりたいなと思って、作品制作に取り組み始めました。

たとえば、三鷹の森ジブリ美術館にある「トトロぴょんぴょん」という展示。あれは、僕の学生時代の作品を、たまたま宮崎駿監督がテレビでご覧になり、依頼をくださって、一緒につくった作品なんですよ。立体のトトロやサツキ、メイちゃんたちを回転させて、そこにストロボの光を当てると、キャラクターが動き出して見えるという仕組みの作品です。

アニメーションというと、テレビや映画など平面的な表現が多いわけですが、それを目の前で立体が動くような、見たこともない映像にしたいなって思ったんです。そんな風に、世の中であたりまえになっているものを、誰もやらなかったような新しい表現に変える、それが僕の“メディアアーティスト”としての活動ですね。もともと機械好きでもあったので、コンピューターやビデオなどを取り入れたいろいろなアート作品をつくってきました。大学を卒業してからは、アートだけでなく、テレビ番組やテレビゲームなどでも、自分しかできないことを追求していろいろやってきました。

ここ1~2年は絵本などの紙の仕事が増えてきて、仕事の内容がかなり変わってきました。自分で変えようとしてきた、というのもあるんですけど、あえて肩書きは変えずに“メディアアーティスト”としての新しい絵本をつくれないか、と考えています。

娘と遊ぶうちに、アナログの世界へ

『いわいさんちへようこそ!』

▲岩井さん親子の楽しい遊びが満載のフォトエッセイ『いわいさんちへようこそ!』(紀伊国屋書店)

子ども時代の絵本の体験については、いまだに初めて絵本を読んだ感覚を思い出せるくらい、すごく印象に残ってます。保育園の頃は福音館書店の「こどものとも」を買ってもらっていて、毎月届くのがとても楽しみでした。特に好きだったのは、かこさとしさんの『だるまちゃんとかみなりちゃん』と、中川李枝子さんと大村百合子さんの『そらいろのたね』。ビジュアルによる表現への興味っていうのは、その頃に植え付けられたんじゃないかな。

高校時代は、安野光雅さんの絵本に惹かれて……精密に描かれた水彩の美しい世界が、僕の好みにすごく合ったんですね。幼少時代の絵本体験ともつながって、絵本作家になってみたいな、と頭の片隅で考えてたこともあったんですけど、大学に入ってからはコンピューターによる表現の方がおもしろくなってきたので、いったんそのことは忘れてしまって。手描きで絵を描くのは、作品のプランやアイデアスケッチだけになっていたんです。

それが、2000年に娘が生まれて、変わったんですよ。娘とどうやって遊べばいいのかなと模索するうち、手づくりのおもちゃやオリジナルの遊びをつくるようになったんですけど、子どもを前にして、ちょっと待ってね、今コンピューターで描くから、なんてわけにはいかないじゃないですか。目の前の子どもを瞬間的に満足させるためには、手で描くしかないわけです。

それで、さぁどんな絵を描こうかな、アーティストとしては子ども相手でも適当なものは描けないよな……なんて、変なプライドみたいなのもあったりしたんですけど(笑)、まぁとにかく描かなくちゃ、と思って描き始めたら、なんだかおもしろくなってきて。それまでハイテクだ、デジタルだってやってきたのが、急にアナログの手描きの世界に目を開かされたんです。

そんな娘との手作り遊びを写真とともに紹介したのが『いわいさんちへようこそ!』という本なんですが、それを見た偕成社の編集者さんから、絵本を描いてみませんか、とお話をいただきました。そうして生まれたのが、『100かいだてのいえ』です。

制約の中でこそ、新しいアイデアを

『100かいだてのいえ』

▲空まで届く不思議な家をどんどん登っていく絵本『100かいだてのいえ』と、『ビッグブック 100かいだてのいえ』(いずれも偕成社)。形やめくり方がユニーク!

最初は変わった絵本をつくってみたいな、というイメージもあったんですが、いろいろと話を聞いていくと、本って、なかなか自由な形ではつくれないんですよね。飛び出す絵本や穴の空いた絵本なんかもありますが、その分コストがかかって値段も高くなってしまう。32ページの絵本なら、このくらいの大きさで、この紙を使うと、ようやくこの値段でおさまります、みたいな事情があるわけですよ。

でも僕はそういう制約って、結構好きなんです。制約をうまくすり抜けて新しい表現を切り開いていくことに、ある種のカタルシスを感じるんです。メディアアーティストとしては、絵本に取り組むときも、何か新しいことをやりたい。しかも、切り抜いたり飛び出させたりといった特殊な方法ではなく、メディアとしての絵本の根本に迫るような新しいアイデアを提案できないかなと思っていたんです。

そんなとき、小学校1年生になった娘が算数の授業で、数字の繰り上がりをなかなか理解できずにいることを知りました。1から12、13くらいまでは一気に言えるけれど、19から20、29から30に上がるというような仕組みの基本がわかっていなかったんです。これは絵本のテーマになりそうだな、と思いました。

それで思い浮かんだのが、本の構造を使った、数字のことがわかる絵本。本は開くと必ず左右対称で、同じ見開きが何回も繰り返されますよね。それが数字的だなぁと思ったんです。右のページに5、左のページに5の何かが描かれていて、その見開きが10回続くと、合計100になる。これはちょうど絵本におさまりそうだな、と。

じゃあその数字を何で表現しようかと考えたとき、ただ何かが並んでいるよりも、数が積み重なって増えていくのを実感できるものがいいなと思ったんですね。そうだ、建物がいい!とすぐに思いつきました。そしてその瞬間に、建物なら横じゃなくて縦で開く絵本にしたらどうかな、と思ったんです。その方が高さが表現できますからね。そんな感じで、アイデアがぽんぽんとつながってきて。

その後、ストーリーづくりや、100階分の部屋のバリエーションを考えるのにはかなり苦労して、結局完成まで1年半くらいかかったんですけど、本というメディアの本質に迫った、これまでにないタイプの絵本をつくることができたんじゃないかなと思っています。

しばらくして『100かいだてのいえ』はビッグブック(大型絵本)にもなったのですが、その時もただ大きくするだけじゃなくて、今度は縦開きをやめて、1メートル以上もある細長い絵本にしてみました。立てると、小さな子どもの背よりも高いんです! これも前代未聞の絵本になったと思いますね。


……岩井俊雄さんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→


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