絵本作家インタビュー

vol.46 絵本作家 五味太郎さん(後編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『きんぎょがにげた』『みんなうんち』など数々の作品を生み出されてきた絵本作家・五味太郎さんです。世界中の子どもたちが楽しんでいる『らくがき絵本』シリーズは、今年でなんと20周年。その『らくがき絵本』の誕生秘話や独自の子育て論、新作についてなど、たっぷりと伺ってきました。
今回は【後編】をお届けします。 (←【前編】はこちら

絵本作家・五味太郎さん

五味 太郎(ごみ たろう)

1945年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所ID科卒業。工芸デザイン、グラフィックデザインの世界を経て、絵本を中心とした創作活動に入る。『みんなうんち』『きんぎょがにげた』(いずれも福音館書店)、『らくがき絵本』(ブロンズ新社)など、400冊を超える作品を発表。海外でも15カ国以上で翻訳・出版されている。 サンケイ児童出版文化賞、ボローニャ国際絵本原画賞、路傍の石文学賞など受賞多数。
http://www.gomitaro.com/

絵本をつくりながら、自分の価値観を知る

『はじめまして』

▲人との関係、心地よい距離、人生に大切なものをシンプルに描いた、五味さんの新作絵本『はじめまして』(ブロンズ新社)

絵本をつくるときは、なんかふっと思いつくんだよね。うまく説明できないんだけど、ふと思いついて、描き始める。しばらく描いてると、へー、おれって、こういうのが好きなんだって思うわけ。知らず知らずのうちに入ってる価値観とかってあるからね。

最近出た『はじめまして』って絵本をつくってたときも、自分でへーって思ったよ。もしかしておれ、距離感の話をしてるのかなとか、やっぱりおれの興味ってこの辺なんだなって。だいたい1カ月くらいで描いたんだけど、これ以上でも以下でもない、おれにとってちょうどいい“間”を探ってる1カ月だった気がする。おれは相手にどこまで言うのがおしゃれだと思ってるのかなとか、どこまで信用するのがちょうどいい距離感なのかな、とか。

考えてみると、おれは親ともすごくいい距離をお互い探ってきたんだよね。今、うちの母ちゃんは90ちょっと手前なんだけど、一人で暮らしていたいわけ。でも一人で暮らしてると息子や娘に心配かけちゃうかなぁ、とも思い始めてるみたいで。この前久しぶりにちょっと話したとき、私はだいじょうぶよって、はっきりとは言わないんだけど、なんかそういうのが伝わってきてさ。母ちゃんがんばってるなぁ、いい女だなぁと思うわけ。

姉ちゃんとも、母ちゃんどうしようかとか話したりするんだけど、そういうときも何を大事にするかっていうと、個人的な距離感の話なんだよね。世間からどう思われるかなんて、おれたちはあんまり考えないんだ。

子どもの頃は、穴を掘るのが好きでね。おれ、いい穴掘るんだよ(笑) おれなりのプランがあって、ここをちょっとY字に掘ってくれなんていって、友だちと一緒にうちの庭に溝を掘る。学校にいる間も、早く続きが掘りたいって気持ちでいっぱいでさ。おふくろはそういうの見てたんだと思うけど、何にも言わないの。だから好きなように掘り続けるわけ。

でもしばらくすると、ほかに楽しいことができて、穴をちょっとほったらかしにしとくこともあって。また穴掘ろうって思ったら、おふくろがその穴に生ゴミ捨てててさ。ムカッとしたら「あぁごめんなさい」とか言って(笑)、ま、いいやって思ったり。

親父もおふくろも、そのくらいの距離感で守っててくれたんだろうなって、遅まきながら思うんだよね。だからおれも、娘たちや息子に対してそんな感じ。こういう距離感っていうのが、ふだん意識している以上に自分の中にあるんだなぁっていうの、この絵本をつくっててわかったよね。

おもしろいから絵本にする、ただそれだけ

絵本作家・五味太郎さん

絵本をつくり始めたばかりの頃、編集者に聞かれたんだよね。五味さんは子どもたちに何を伝えたいですか、とか、何を教えたいんですかって。いや、特にないです。じゃあ、なんでお描きになったんですか。おもしろかったからです―― なんて感じで、バカみたいな会話しててさ(笑)。もっとしっかりしたこと言いたいんだけど、これ以上ないんだよね。実際、おもしろかったから描いてみた、それだけだから。

今あえてちょっと落ち着いて考えてみると、子どもたちは、特に何も教えてくれなくていいよって思ってる気がするんだよね。小学校3年生くらいまでの子どもって、自分のこと完璧だと思ってるからさ。それがそのうち、お前は算数ができないとか、お前は体育ができないとか、お前は音痴だとか言われて、よくがんばりましたね、とか、もう少しがんばりましょう、なんて評価されて、自分ってそうなんだ……と思うようになってくる。でもその前は、ほぼ完璧だと思ってるんだよ。だって別に何の不足もないんだもの。

将来何になりたい?なんて聞いても、別にって感じよ。新幹線の運転手とか、看護婦さんとかっていうのは、大人が期待する答え。このぐらい言っとかないとなって思って、子どもは演じてるわけ。子どもたちはものすごく心優しい。だから、大人に苦労かけたくないし、イライラしてほしくないんだよ。自分を少し曲げることでそれを回避できるなら、しちゃうんだよね。気を遣って、家では親の言うこと聞いて、学校では先生の言うこと聞いて、ちゃんとしようって思う。それで、そのうち本当の自分がわからなくなっちゃうわけ。

今の子どもがらみの社会問題って、9割近くこのパターンじゃない? 子どもに苦労かけるなよっていうのが、おれの本音だよ。

子どもは「育てる」のではなく「育つ」

『わにさんどきっ はいしゃさんどきっ』

▲歯の治療に来たわにさんと、わにさんを治療する歯医者さんとの間におこる心境を見事な手法で描いた絵本『わにさんどきっ はいしゃさんどきっ』(偕成社)

親は、子どもを「育てよう」とか「導こう」とか気負う必要はないんだよ。子どもが「育つ」のをサポートすればいいの。

だって、そもそも「育てる」って無理でしょ。おれ、よく「ひげ生やしてますね」って言われるんだけど、そうじゃなくて、剃り残してるんだよね。わかる? 意志の力で生やすことなんてできないんだよ。生えてきてるの。単純なことなんだけどね。子どもも同じで、親の意志とは関係なしに生まれてきて、育っていく。おっぱいをポンプで流し込んでるんだったら、お母さんの勝ちだよ。だけど、あれは子どもが吸ってるんだよね。それで、吸われるから出るわけ。

だから親は、子どもを育てるんじゃなくて、子どもが育つのをサポートすればいいんだよ。焦ってもしょうがないんだからさ。なのに今の教育は、全然問題じゃないのに、問題だ問題だって言う。お前はできないって言う。だから焦って、不得意なものまで努力するはめになる。真面目な子ほど、マイナス面を埋めようとするんだよね。それで、自分が本当は何が得意なのか、何が向いてるのか、見つけられなくなっちゃう。これは不幸だよね。

だから、改めて単純に、子どもを愛せよって思う。子どもに苦労かけんなよって。子どもをいじめて追い込んで……もうそれじゃ、続かないんだよ。


ページトップへ