絵本作家インタビュー

vol.22 絵本作家 村上康成さん(前編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、「絵本も描けるウクレレ釣り師」との異名を持つ絵本作家・村上康成さんです。村上さんが絵本作家になったのは、ある1冊の絵本との衝撃的な出会いがきっかけでした。魚釣りと絵を描くことが好きだった少年時代や、絵本づくりにおけるこだわり、遊びをとことん楽しむ極意など、たっぷりと語っていただきました。
今回は【前編】をお届けします。 (【後編】はこちら→

絵本作家・村上 康成さん

村上 康成(むらかみ やすなり)

1955年、岐阜県生まれ。創作絵本、ワイルドライフ・アートなど幅広い分野で独自の世界を展開。『ピンクとスノーじいさん』『ようこそ森へ』(いずれも徳間書店)、『プレゼント』(BL出版)でボローニャ国際児童図書展グラフィック賞、『なつのいけ』(ひかりのくに)で日本絵本大賞などの受賞を重ねる。そのほか『青いヤドカリ』(徳間書店)、『くじらのバース』(ひさかたチャイルド)、『カッパがついている』(ポプラ社)、『星空キャンプ』(講談社)、「ピーマン村の絵本たち」シリーズ(童心社)など作品多数。

好きなことは昔から「魚釣り」と「絵を描くこと」

絵本作家・村上康成さん

僕が小さい頃は、絵本なんて日常生活の中にはありませんでした。あっても漫画雑誌くらいで。だから昔から、魚釣りと絵を描くこと、こればっかりやってたんです。

釣りには、物心ついたころから親父に連れられて行っていました。長良川とか、木曽川とか、近くには川がいっぱいありましたからね。釣りをしていると、魚以外の生態系にも詳しくなるんですよ。ヤマメはどこにいるのかと思い巡らすとき、水温がこのくらいだと、このあたりの流れの中にいて、どんなものを食べているかとか、知識があった方がいいわけですよ。

小魚を食べていたり、トンボやカナブンなどの陸生昆虫を食べていたりと、季節によって食べるものが変わってくるので、必然的に自然全体に興味が湧いてきます。つきつめると一番好きなのは魚なんですけど、それを取り巻く生活環境そのものについても、自然と知っていくようになったんです。

そんな風に外で元気に飛び跳ねる一方で、じーっとおとなしく絵を描くことも好きでした。通知表には「落ち着きがない」なんてよく書かれてたんですけど、絵だけは集中できたんです。

絵を描くことに夢中になって、徹夜してしまったこともあるんですよ。僕は小中学校時代、瑞浪という陶器の町で育ったんですね。それで、小学校3年生のときの写生大会でレンガづくりの陶器釜を描こうとしたんです。レンガだけだから簡単でいいなと思って。そうしたら先生に「よく見るとレンガの色もひとつひとつ違うだろう」と言われて。なるほどなと思って、茶とか赤とかいろんな色を混ぜ合わせながら、何通りもの色をつくって、レンガをひとつひとつ描いていきました。夢中で描いていたら、夜が明けてしまったんです。楽しかったんでしょうね。

中高時代は野球、大学時代はヨットレース、かと思えばひきこもってずっと絵を描いていたり……アウトドアとインドア、僕にとってはどちらにも「楽しい」と思える何かがあったんです。

人生を変えた1冊の絵本との出会い

『ピンク、ぺっこん』

▲ヤマメのピンクの生涯を描く村上さんのデビュー作『ピンク、ぺっこん』(徳間書店)

美大を目指して浪人していたときに、1冊の絵本と出会って衝撃を受けました。谷内こうたさんの『のらいぬ』という絵本です。近くの本屋で原画展が開催されていたので見に行ったんですけど、原画展にはさほど興味は湧かなかったんですよ。それが、絵本になった『のらいぬ』を見て、体が震えるような感動を味わったんです。

言葉と絵が織りなす世界というのは僕にとってはそれが初めてだったんですね。それまで見たことのあった名作絵本のような、お話に絵がついているようなのとは、また違うんです。1ページ1フレーズくらいしかないのに、なぜだか説明はつかないけれど、とにかく感動したんです。

当時は貧乏浪人生だったんですが、ポケットにあったなけなしのお金で絵本を買って、ドキドキと動悸がおさまらないまま抱えて帰りました。帰ってからは、ひたすら模写。「あついひ」と明朝体で右ページに書いて、砂山とブルーの空を描いて……胸を打たれた原因を探るような気持ちもあったんでしょうね。絵本の中ののらいぬの気持ちと、僕が抱いていた社会に対しての不安や焦燥感が重なって、なんだか同類を見つけたような気持ちになりました。絵本でこんな表現ができるのか、という驚きもありましたね。この絵本と出会って、こんなすばらしい表現世界はない!と思って、絵本作家になることを決めたんです。人生を変えてしまう、強烈な出会いでした。

そのあとデビュー作『ピンク、ぺっこん』を出すまでは、結構苦労しました。絵本作家になろうと決めたのに、何を表現したらいいか、出てこない。いくつか絵本を描いて出版社に持ち込んだんですが、全然だめなんです。あるとき、一緒に酒を飲みながら釣りや魚の話をしていた編集者が、「そんなにヤマメが好きなら、それで絵本を描けばいいんじゃない」と言ってくれました。それなら描ける!ということで誕生したキャラクターが、ヤマメのピンクなんですよ。

絵本を通じて“自分”を見つけてほしい

絵本作家・村上康成さん

僕は、絵本を読み終わったときに、絵本の印象だけじゃなくて、感動した“自分”が残るような絵本をつくりたいと思っているんです。「この絵本はおもしろかった」「絵がきれいだった」というよりも、もうちょっと深いところの何かがあると思うんですよね。僕が『のらいぬ』と出会ったときに味わった感動のような何か。そんな何かに出会えたら、自分を見つけられるというか、自分の考えや気持ちと向き合えるようになるんじゃないかなと。そういう絵本が1冊でもあれば、ちょっとくじけそうになったときも、支えになると思うんですよ。

ただ、絵本を通じて“自分”を見つけるためには、読者にもちょっとは努力してもらいたいなと。読者がいかに絵本の世界に入り込めるか、そこにこだわって絵本をつくってますが、パンをちぎって口の中に入れてあげるような作品づくりはしたくないんですね。そういう絵本の方が読み手も楽だろうし、売れるのかもしれないけれど、僕はそれでもやっぱり、読み手が自らエネルギーを出して、それぞれの読み取り方で感動してくれるような絵本づくりをしていきたいんです。

そういう絵本を生み出すためにこだわっているのが「間」。僕は「平成の間男」という異名をもっているんですよ(笑) 僕の絵本は結構空間が多いんですが、あえて一筆も描かないページとか、文字の一切ないページなどもちょくちょくしかけたりします。といっても、ただ何もないというだけではだめで、そこに何かをにおわせるんですね。読み手にはそこから、何かを感じ取ってほしい。でも、読み手のセンサーもそれぞれですから、そのあたりのバランスを考えて、七転八倒しながらも楽しくつくっていますね。


……村上康成さんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→


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