絵本作家インタビュー

vol.130 絵本作家 いわむらかずおさん(後編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回は、30周年を迎えた「14ひきの」シリーズの絵本作家・いわむらかずおさんにご登場いただきます。14ひきの家族と同じく栃木・益子の雑木林の中で暮らし、里山の風景を残す「えほんの丘」で創作活動を続けるいわむらさん。「14ひきの」をはじめとした人気作の制作秘話や、絵本・自然・子どもへの思いなどを伺いに、「えほんの丘」を訪ねました。
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絵本作家・いわむら かずお

いわむら かずお

1939年、東京生まれ。東京芸術大学工芸科卒業。絵本作家。『14ひきのあさごはん』(童心社、絵本にっぽん賞)『ひとりぼっちのさいしゅうれっしゃ』(偕成社、サンケイ児童出版文化賞)、『かんがえるカエルくん』(福音館書店、講談社出版文化賞受賞)、「ゆうひの丘のなかま」シリーズ(理論社)、「ふうとはな」シリーズなど。1998年栃木県那珂川町に「いわむらかずお絵本の丘美術館」を開館。

「14ひきの」誕生と、益子の暮らし

「14ひきの」のような、雑木林の中の家族のイメージが湧いたわけですが、すぐに描いたわけではありません。この絵本を描くにはその舞台と同じようなところ、つまり雑木林の中で暮らしながら描いていこう、というふうに考えたわけです。実際、本として出版されるのは、栃木県・益子に移り住んでから8年後になります。

絵本制作のためだけではなくて、4人目の子どもが生まれて、子どもたちを育てるためにも、広々とした自然の中でという思いもあったんです。それは、東京では無理。どっか田舎に行こうってかみさんと話し合うわけですね。そんな時に、栃木県益子町に大学の同級生たちが何人も移り住むんですよ。もろもろの理由から、益子町へ移り住んできたわけなんです。

私にとって夢が実際に実現していくわけで、実に、嬉々として、いろんなことをやりましたよ。家は、自分で建てたわけじゃないけれど、工務店のようなことをやったんですよ。設計をして、大工さんや左官屋さんなどの職人さんたちと折衝して、材木も自分で仕入れて……。それはなぜかっていうと、少しでも安くつくろうと思ったから。かなり安くなりましたが、その代わりとても大変でした。

見積もり一つ取るにも「見積もりけ? 出したことねぇな」なんて言われて。山道に砂利を入れ、水道もないから職人に頼んで井戸を堀りました。大工さんは一人大工だったので、手伝いもしましたね。大工さんが屋根の先(破風)にで釘を打つのに、反対側を押さえる必要があるんですが、まだ出来上がっていない屋根の端に行かなくてはならない。おっかなびっくりのへっぴり腰でやるもんだから「いわむらさん! しっかり持てや!」って。俺、施主なんだけどな(笑)

この経験が『14ひきのひっこし』にすごく生きているわけですよ。生活感があるでしょう? お父さんが設計図を見て指示して、井戸をつくって。こんな生活から、「14ひきの」シリーズをはじめとする作品が生まれてくるわけです。

絵本をつくるときには、まず、専用のスケッチブックをつくるんです。14ひきなんて20冊以上あると思いますよ。「カエルくん」のスケッチブック、「ふうとはな」のスケッチブックとそれぞれあって、何か思いついた時に開いて、そしてずっとその世界に入っていって、いろいろ描いていくわけですね。思いついたらすぐに仕上げちゃおうというんじゃなくて、そうやっていつもゆっくりゆっくり。何冊も同時進行でやっていくことが多いですね。

ずっと描いてきたのが煮詰まってくると、これは本にしようと決めて、それを仕上げるという感じですね。私の作品にシリーズが多いのは、そういうところからくるのかもしれませんね。その方が、世界が深まるし広がると思うんです。

だから、しょっちゅう「14ひきの」の子たちと私は会っている。そうやってスケッチブック広げて、考えて、その時彼らは私の中で動いているわけでしょう? 自分の子でも身近な子でも、「この子はこういう子」ってことはメモをしなくたって「あの子はさ」ってパッと浮かび上がるじゃないですか。それと同じように、心の中に存在していると言ってもいいんじゃないですかね。

14ひきのひっこし
14ひきのあさごはん
14ひきのやまいも

▲「これ、かわいいでしょう?」といわむらさん。ポケットに入れて一緒に自然の中に出かけられる手のひらサイズの「14ひきのポケットえほん」。『14ひきのひっこし』『同 あさごはん』『同 やまいも』(童心社)以下、14年3月までにシリーズ全12作が出版予定

私の中で、絵本と自然は切り離すことができないもの

ゆうひの丘のなかま 栗栖ちくりん
ふうとはな

▲真っ赤な夕日が沈むゆうひの丘。りすの探偵栗栖ちくりんや、牛の後路みねなどゆかいな仲間が活躍する読み物「ゆうひの丘のなかま」シリーズ全5作(理論社)。小さな野うさぎの兄妹「ふう」と「はな」の驚きと発見に満ちた冒険の日々「ふうとはな」シリーズ全3作(童心社)

1998年に栃木県那珂川町にこの「いわむらかずお 絵本の丘美術館」ができるんですけれど、その何年か前からここで活動を始めているわけです。1997年に出版された『14ひきのかぼちゃ』からシリーズ残り3冊はここで生まれました。

多摩丘陵にいた時も益子に移り住んだ時も、「えほんの丘」(絵本の丘美術館周辺の里山のこと)へ来てからもそうですけれど、自分が住んでいる場所その環境そこで起こったことが、作品といつも密接につながって生まれてくる。多摩丘陵にいた時に、そういうつくり方をはじめたんですね。

だから「14ひきの」は原風景が出発点であるけれども、その上に益子やえほんの丘での生活が積み重なるわけですね。例えば『ひとりぼっちのさいしゅうれっしゃ』も益子の辺りを通っているローカル線の真岡線がイメージ上の舞台。あの地域の自然風土がなければ生まれてこなかった作品です。だから、えほんの丘へ来てからは、ここを舞台にして、ここで起こったことを元にしながら作品をつくり続けてきているわけです。

一番新しい読み物の「ゆうひの丘のなかま」のシリーズは、この丘の自然の中に物語世界を織物のように織り込んでいこうと考えたんです。あの舞台はここだ、あの事件が起こったのはここだというようなことをすごくやりたかったんです。また「ふうとはな」は、実際にこの丘で出会った野うさぎの赤ちゃんですね。何回か出会っているんですが、ものすごいかわいんですよ。野うさぎの赤ちゃんって。こんな手のひらに載るくらいです。

あの話は、野うさぎは地表で生まれるから、赤ちゃんが身を守るにはとにかくじっとしていることが最大の防御、という生態が下敷きにあるんです。お母さんから「何かが来たらじっとしているんだよ」って、まさにそう言われたに違いないと思うくらい、実際に動かないんですよ。野うさぎがどうやって生きていくかを下敷きにすることで、生きるということそのものが、説明しなくても浮かび上がってくると思うんですね。

美術館をつくったのは、子どもたちの成長にとって、絵本と自然を実体験することが大事だと考えたからです。自分自身が多摩丘陵から始まって、栃木県に住んできて、自然からすごいたくさんのことをもらって、感じて、絵を描き文章を書き絵本をつくるということをやってきたので。絵本と自然を切り離すことがもう私の中ではできないくらい、私の中では密接なものです。

私の読者の子どもたちには、絵本だけではなく、自然体験も両方持って欲しい。子どもの時に自然体験を持つというのはすごく大事なこと。ただ自然体験だけじゃなくて、もう一つ「文化」というかな? 例えば絵本というものが両輪になった方が、両方生きてくると思うんですよね。そして、私が描いたものも、もっと子どもたちの中にストレートにつながっていくと思うわけです。

読み聞かせは、いつか子どもの原風景に

いわむらかずおさん

私の子育ての頃は読み聞かせとは言ってなかったと思うけれど、そういうことはやってましたね。自分の絵本のダミーを読んだこともありました。長男が「ひとまねこざる」のシリーズがものすごく好きで、ずいぶん読みましたよ。

いい本を選ぶには、まずお母さんが、いい絵をたくさん見たり、美しい文章をたくさん読んだりして、センスを磨くということが大事ですよね。時間がかかるけれど、どんなものがいい絵かということが少しずつ分かってくるんじゃないかと思います。絵本を子どもに読んであげながら、そこからお母さんが学び取ることもあると思いますね。お母さんたちも子どもと一緒に成長するわけですから。私自身もそうでした。

今、絵のことを言いましたが、絵本というのはやっぱり、質の高い絵に接するということが大事だと思いますね。どういうものがいいかは、それぞれが判断をしていかなきゃいけないから、自分がいいなと思うものを子どもに与える。人の推薦の言葉というのは、そんな絶対的なものじゃないですもんね。参考にするのはいいですけれど、自分の子どもに読んであげるものは自分で選ぶ。すごく大事なことだと思うんです。

絵本の持っている力って、すごく大きいですからね。こんな辺鄙な所の美術館を訪ねてくれる人がたくさんいるのは、絵本の力ですよ。「14ひきのシリーズ」を読んであげたお母さんお父さんと、その娘や息子、その人たちがお母さんお父さんになって子どもを連れてくる。子どもの頃に読んだ本というのは、心にいつまでも残って、その人の一生をすごく豊かにしていくんだと思うんです。特に親子を結びつける役目を果たしている絵本ですから。

私の101歳になる母親にね、90歳を過ぎた頃だったかな、車椅子に乗せて散歩しながら「お母さんが今まで生きてきて、一番幸せだったことって何?」って聞いたんですよ。かずおちゃんたち子どもと幸せに暮らしたことだよ、ってなことをいうかと思ったら、「お父さん、お母さんが私をかわいがってくれたこと」って言ったんだよね。ほとんど迷わず。90過ぎても、そのことが一番の幸せなんだ、って思って忘れられないんだけれどね。

そのくらい子どもの頃の親子のつながりというのは、一生の拠り所というか、とっくに亡くなった両親だけれど、まだ支えてくれているのかなって思って。親にそういうふうにかわいがってもらえなかったという人たちがいるというのもね、よく考えないといけないんだけれどね。そのくらい親子のつながりというのは大事なんだと思いますし、絵本はその一端を担っているんじゃないかな。

お母さんやお父さんに抱かれて、膝の上で、お父さんお母さんの声で読んでくれた絵本というのは、一生の宝物になる可能性はありますよね。そういうふうに思うと、どの本がいいとかではなくなるんじゃないかと(笑) その時子どもはあまり大きな反応を見せなくてもね。

何十年ぶりに絵本を読むことで、ふっと記憶が蘇るということってあると思います。その時のお母さんの手のぬくもりとか柔らかい膝の上の感覚とか。それが子どもたちの原風景になるかもしれませんね。


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