絵本作家インタビュー

vol.123 絵本作家 植垣歩子さん(前編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回は、『すみれおばあちゃんのひみつ』や『にんじん だいこん ごぼう』などの絵本で人気の絵本作家・植垣歩子さんにご登場いただきます。細部まで丁寧に描かれた温かみのある作品は、どのようにして生まれたのでしょうか? 小学校6年生でのデビュー作や台所や洋裁への愛情にあふれた人気作まで制作エピソードや絵本への思いを伺いました。
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→

絵本作家・植垣歩子

植垣 歩子(うえがき あゆこ)

1978年、神奈川県生まれ。絵本作家。和光大学芸術学科卒業。小学校6年の時に描いた絵本『いねむりおでこのこうえん』(小峰書店)で第1回DIY創作子どもの本大賞。2002年、『6人の老人と暮らす男の子』で第3回ピンポイント絵本コンペ優秀賞を受賞。主な絵本作品に、『にんじん だいこん ごぼう』(福音館書店)、『すみれおばあちゃんのひみつ』(偕成社)、『うたこさん』(佼成出版社)、『アリゲール デパートではたらく』(ブロンズ新社)など多数。

お話をつくりながら絵を描いていた幼少時代

にんじん だいこん ごぼう

▲にんじんもだいこんもごぼうも、昔はみな真っ白! 今の色になったのは……。日本の昔話を植垣さんが再話『こどものとも年少版 にんじん だいこん ごぼう』(福音館書店)

2歳頃からぜんそく持ちで、家にいることが多かったんです。夜苦しくて眠れない時に母がおんぶしてくれたことや朝方の明けていく空など、よく覚えています。絵を描き始めたのもその頃でした。母が大事に保管していたので、今でも手元にいくつか残っています。

お人形さん遊びの感覚で、心の中でお話をつくりながら描いていましたね。少し大きくなってからですけれど、動物がマラソン大会をしている話を描いたことがありました。母の洋裁用の大きな型紙をもらって、巻き絵のようにひたすら長いものにしたんです。外でお友だちとよく遊びましたけれど、絵を描くのがとにかく好きだったんです。

絵本もよく読みましたね。「こどものとも」や「かがくのとも」が家にたくさんあって、母に寝る前に読んでもらったり、自分で読んだりしました。好きな絵本は文章を覚えてしまうくらい何度も読んでもらって、最後の言葉を母と一緒に言うのを楽しみにしていました。『ぶたぶたくんのおかいもの』(作・土方久功、福音館書店)は、当時大好きで、今でも傍らに置いていて心に迷いがあると開く絵本です。「自分の絵を描けばいい」と、教えてくれるんです。

私の作品には、よくおじいちゃんやおばあちゃんが登場します。子どもの頃からお年寄りが好きでしたね。なぜだか気持ちが落ち着くんです。幼稚園の頃まで、『にんじん だいこん ごぼう』で描いたような、古めかしい家に住んでいたんです。同じような家に住む、同じ年頃の子どもがたくさんいて、みんな仲良くて、昔の長屋のような場所でした。いろんな年齢層の方がいたんですよね。

いつも扉が開いていて勝手にあがっても大丈夫な家があったり、水ようかんやアイスクリームをくれるおばあさんがいたり、あるおばあさんのうちに生まれたばかりの子うさぎを見に行ったり。そういう風に、自然にお年寄りに接していたことが根底にあるのかもしれません。

小学校6年生のデビュー作『いねむりおでこのこうえん』

絵本作家・植垣歩子

小学校6年生の頃に、『いねむりおでこのこうえん』という作品で、第1回DIY創作子どもの本大賞を受賞しました。猫のひたいくんと、そのおでこにある公園のお話です。父の友人で、小学校で教える傍ら詩を書いていらした石毛拓郎さんが、絵本のコンペに応募したいと、絵の描き手を探していらしたんです。その前から私のスケッチブックを見ていらしたこともあって、声をかけてくださったんです。

話を読んで、パッと浮かんだものを、何も考えずに描いていたと思うんですよね。「どうしよう」とかも思わずに、寝っ転がったり、母の洋裁の断ち台を机がわりにしたりして描いていました。ペラペラの紙にフェルトペンで。前から自分で小さい絵本をつくっていたこともあって、気負いのようなものはなかったと思います。

花を描くのでも、今は「季節にあった花を」などと考えてしまいますけれど、小さい頃って、自分で考えた花を自由に咲かせていて、いいなって思います。イワシに足が生えていたり。子どもならではですよね。

審査員が、清水真砂子さん(『ゲド戦記』の翻訳者)や小沢正さん(児童文学作家)だったんです。受賞してからずっと、小沢さんとは交流があっていろいろと励ましていただきました。出版が決まってから、父と母がはりきって100色くらいのペンをプレゼントしてくれたことを覚えています。周りからも「絵本作家になるの?」なんて言われて、自分も子どもらしい思い込みでそう思っていました。

絵本が自分に戻ってきた『6人の老人と暮らす男の子』

ひげじいさん

▲おじいさんの長い長い不思議なひげは、網や橋、滑り台、ふとんにもなる!?『こどものとも年少版 ひげじいさん』(文・まいえかずお 福音館書店)

ただ大人になる途中で、絵本を開くことがなくなって、一度「絵本というものをどこかへ置いてきた」という期間があったんです。大学では日本画の大きい絵を描いていて、絵本は、好きだったことは覚えていても、それが自分の表現の手段として心に浮かぶことはなかったんですよね。

卒業して、日本画を描いていくにしても、別の仕事をして稼がなくてはと思い、介護の仕事を始めたんです。デイサービスの仕事で、ホームヘルパー2級の資格も取りました。絵を描きながら、それでがんばりたいと思っていたんです。ただ、命を預かると言うか、本当に気が抜けない仕事で、夜に絵を描いて眠い目をこすって行ける現場ではなかったんですよね。介護の仕事をしながら絵を描くということが難しくて、絵を描けなくなったんです。

仕事はすごく楽しかったんですけれど、絵のことが気になって。半年ほどで辞めさせてもらいました。ただ、たくさんのお年寄りに出会った経験が、自分の心の中でキラキラと光っていたんですよね。

以前歯医者さんだった認知症の方が、親知らずについて相談にのってくれたり、しゃべることもままならない認知症のおばあさんが、手を洗った後に洗面所に散った水しぶきを自分のティッシュで拭く姿を見て「しっかりした生活をされていたんだな」と思ったり。そんなことがたくさんありました。介護の仕事をされている方は、いろいろ大変なことがあって、楽しいことばかりとは言えないと思うんです。けれど、いろいろなお年寄りに出会うことで、人間って不思議で面白いなと改めて思いましたし、それを作品にしたいな、と思うようになったんです。

この経験を作品にするとしたら、日本画ではないなと。「絵本が一番適しているんじゃないかな」と、ふと、思い出したんですよね。絵本で、お年寄りの魅力や不思議な部分を描けたらいいなという風に、大人になる途中で落としてきた絵本が、ふっと戻ってきたんです。

その作品が第3回ピンポイント絵本コンペで優秀賞を受賞した『6人の老人と暮らす男の子』です。お話というよりも、お年寄りの紹介のようなもので、出版には至りませんでした。実は、10年以上たった今、本にするべく動いているところなんです。6人のお年寄りの個性については、近所のおじいさんおばあさんのようによく知っているんですよ。ただ、どうやって動いてもらったら、6人の個性が活きて、みんなに楽しんで貰えるのか、話を考えるのに10年かかってしまいました(笑)

これがきっかけで、大人になってから初めて絵本を出版することになります。福音館書店の方が受賞作品とその原画展を見てくださっていて、「お年寄りの人」と覚えてくださっていたんです。ちょうどおじいさんが主人公の話の、絵を描く人を探されていたんですよね。「こどものとも年少版」の『ひげじいさん』という絵本で、これが大人になってからの初めての絵本になりました。


……植垣歩子さんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→


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