絵本作家インタビュー

vol.99 絵本作家 川浦良枝さん(前編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、絵本雑誌「MOE」から生まれた人気シリーズ「しばわんこ」でおなじみの絵本作家・川浦良枝さんです。“和”のこころを持つ柴犬・しばわんこが、日本に古くから伝わる和の作法や暮らしをユーモラスに教えてくれる人気作『しばわんこの和のこころ』は、どのようにして生まれたのでしょうか?
今回は【前編】をお届けします。(【後編】はこちら→

絵本作家・川浦良枝さん

川浦 良枝(かわうら よしえ)

1963年、東京都生まれ。武蔵野美術大学短期学部デザイン科卒業。ファンシーグッズのデザイン会社勤務を経て、フリーのイラストレーターに。『しばわんこの和のこころ』は、絵本雑誌「MOE」2000年8月号より連載をスタート。その後NHKでアニメ放送された。主な作品に『しばわんこの和のこころ1・2・3』『しばわんこの和のおけいこ』『しばわんこの今日は佳き日』『しばわんこ 和のお道具箱』『しばわんこの四季の庭』(いずれも白泉社)などがある。

“和”への興味のきっかけは、イギリス旅行

しばわんこの和のこころ

▲おちゃめな柴犬のしばわんこと、いたずら好きのみけにゃんこが、心なごませる“和”の暮らし方を楽しく紹介する『しばわんこの和のこころ』(白泉社)

私は子どもの頃から絵本や児童書が好きで、絵を描くのも好きでした。親の話によると、2歳の頃からクレヨン1本持たせておけば、おとなしく絵を描いている子どもだったそうです。

いつか児童書の挿絵の仕事ができたらと思って、学生時代から「絵本とおはなし」や「詩とメルヘン」といった雑誌に投稿したりしてたんですけど、なかなか採用されなくて……。卒業後は何か絵を描く仕事ができればと思って、レターセットをつくる会社に就職しました。そのあとしばらくしてフリーになるんですが、10年ほどの間ずっと、レターセットやポストカードのイラストを描く仕事をしてたんですよ。

実は当時私が描いていたのは、「しばわんこ」シリーズで描いているような“和”のテイストとは違って、イギリスのクラシックな雰囲気の漂うイラストばかりだったんです。テディベアとか、よく描いてましたね。

“和”に惹かれるようになったのは、27歳の頃のイギリス旅行がきっかけです。イギリスに長く住まれている日本人の方のところに、1ヶ月ホームステイさせてもらったんですが、その方に自分の絵を見せたら、「まぁ、あなたは日本人なのに、なぜこういう絵を描くの? 日本の絵を描けばいいのに」って言われて、ハッとしたんです。

外国で暮らしていると、どこの国の人かとか、どんな習慣があるのかとか、よく聞かれるんですよね。でもその頃の私は、そういう質問に答えられなかったんです。もっと日本のことを知りたいと思うようになったのは、そのときのことがあったからだと思います。

「しばわんこ」シリーズが生まれるまで

しばわんことみけにゃんこ

▲しばわんことみけにゃんこのやりとりも見どころ。ユーモアもたっぷりです!(画像は『しばわんこの和のおけいこ』より)

手紙よりメールでのやりとりが増えるにつれて、レターセットの仕事は減っていったので、実用書のイラストを描く仕事などをするようになりました。作法にまつわる実用書のイラストを描いたとき、柴犬が作法を教えるカレンダーみたいなのがあったら楽しいな、なんて思いついて、レターセットの会社にアイデアとして持ち込もうと思っていたんですが、その会社が大手に吸収されて、なくなってしまって…… アイデアはそのまま、出さずに手元に置いておきました。

児童書の挿絵もやってみたかったので、いろんな出版社に持ち込みを続けていたんですけど、あるとき「MOE」の編集部から映画「ハチ公物語」との連動企画の挿絵の仕事をいただいたんですね。忠犬ハチ公のお話ですから、描くのはいかにも日本っていう挿絵ばかりだったんですが、その仕事がすごく楽しくて、担当の方と「“和”っていいですよね」という話になったんです。

そこで思い出したのが、以前から温めていた柴犬が作法を教えるカレンダーのアイデア。ラフを描いて持っていったら、「これはいいね!」と言っていただいたんです。「MOE」に載せるにはカレンダーじゃなくて絵本の形にしないと、ということで、絵本として考え直して描きました。“しばわんこ”っていう名前はすっと浮かんだんですけど、絵本をつくるのは初めてのことだったので、本当に試行錯誤でしたね。

最初、文章は誰かライターさんが書かれるのかなと思ってたんですが、書いてみましょうって言われて…… え!? 私が書くんですか!? 作文なんて中学校以来ですけど……なんて感じだったんですよ(苦笑) でもこの仕事はどうしてもやりたかったので、がんばりました。そして2000年、「MOE」8月号に初めて『しばわんこの和のこころ』が掲載されたんです。

大人も子どもも楽しめる「しばわんこ」の世界

今は子どもも楽しめるような歳時記や作法の本も結構あると思うんですけど、「しばわんこ」が生まれた11年ほど前は、ほとんどなかったんですね。いつも図書館に行って、歳時記や作法の本を借りられる限り借りていたんですけど、どれも堅くて敷居が高いものばかりで。なので「しばわんこ」では、もう少しやわらかくて、大人も子どもも一緒に楽しめるような絵本を目指しました。

双子のお父さんであるおそば屋さんが、よんどころない事情で独身だったりと、家族関係をちょっとぼやかして描いているのも、私なりに意図があってのことです。

しばわんこの世界に登場する個性豊かな面々

▲しばわんこの世界に登場する個性豊かな面々。おそば屋さんとゆきちゃんの恋の行方にも要注目ですよ!

最初は“しばわんこ”と“みけにゃんこ”と新聞少年しか出てこなかったんですけど、連載するにあたって、編集者さんから家族を描いてほしいと言われたんですね。和の世界にしっくり来る家族というと、祖父母に父母、子どもたちという形を思い浮かべると思うんですが、世の中にはそんな典型的な家族以外にも、いろんな形の家族があるじゃないですか。だから、そういう典型的な家族はあえて描かないようにしたんです。

なぜ?というご意見もありましたが、そんな謎っぽさがあるからこそ、楽しく妄想していただけるんじゃないかな、という思いもあって。私はわりと、絵はすき間なくぴっちり描くタイプなんですけど、物語はそこまでぴっちりつくるよりも、抜けているところがあるくらいがいいと思っているんです。その方が、読者の方々が自由に想像して楽しめますよね。

おかげさまで「しばわんこ」シリーズは、小さいお子さんからご年配の方まで、とても幅広く楽しんでいただいています。人間くささも感じさせる、親しみやすい作法の本になったなと思っています。


……川浦良枝さんのインタビューは後編へとまだまだ続きます。(【後編】はこちら→


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