絵本作家インタビュー

vol.98 翻訳家 こみやゆうさん(後編)

絵本作家さんや絵本の専門家の方々に、絵本についての思いやこだわりを語っていただく「ミーテカフェインタビュー」。今回ご登場いただくのは、『おかのうえのギリス』や『せかいいちおいしいスープ』など、クラシックな良書の数々を手がける翻訳家・こみやゆうさんです。自宅の一室で運営している「このあの文庫」を訪問し、翻訳家になるまでの道のりや、絵本を通じて伝えていきたいこと、絵本の選び方のコツなどについて伺いました。
今回は【後編】をお届けします。(←【前編】はこちら

翻訳家・こみやゆうさん

こみや ゆう(小宮 由)

1974年、東京都生まれ。大学卒業後、児童図書出版社勤務。その後、カナダへの留学を経て、子どもの本の翻訳・編集に携わる。東京・阿佐ヶ谷で家庭文庫「このあの文庫」を主宰。主な作品に『あいちゃんのワンピース』(絵・宮野聡子、講談社)、訳書に『せかいいちおいしいスープ』『おかのうえのギリス』(岩波書店)、『たんじょうびおめでとう!』(長崎出版)、『たまごって ふしぎ』(講談社)などがある。
このあの文庫 http://konoano.tumblr.com/

幸せとかは何か? 絵本を通じて伝えたい

翻訳であれ編集であれ、僕が本をつくるときは、いつも2つの指針があるんです。ひとつは、「人の喜びを我が喜びとし、人の悲しみを我が悲しみとする」ということ。要するに、人の気持ちがわかるってことです。

子どもたちは絵本を通じて、いろんな主人公になりきりますよね。主人公は人間のこともあれば動物のこともあります。『しょうぼうじどうしゃ じぷた』なら消防自動車に、『ちいさないえ』なら家にだってなりきります。自分ではない他の心を自分の中にたくさん持つということが、“心が豊か”ということなんじゃないかなって思うんですね。

相手が目の前で喜んでいれば、自分のことのように喜ぶ。悲しんでいれば自分のことのように悲しむ―― 子どもたちにはそんな風に、相手の気持ちがわかるやさしい人になってほしいなと思います。

おかのうえのギリス はるがきた
たまごって ふしぎ ききゅうにのったこねこ

▲こみやさんが翻訳された絵本の数々。『おかのうえのギリス』(文:マンロー・リーフ、絵:ロバート・ローソン、岩波書店)、『はるがきた』(文:ジーン・ジオン、絵:マーガレット・ブロイ・グレアム、主婦の友社)、『たまごって ふしぎ』(作:アリス&マーティン・プロベンセン、講談社)、『ききゅうにのったこねこ』(文:マーガレット・ワイズ ブラウン、絵:レナード・ワイスガード、長崎出版)

もうひとつは、「幸せとは何か」。絵本って、ハッピーエンドで終わることが多いですよね。それは、その方が物事を肯定的に考えるようになれるからだと思うんです。つらいことも悲しいこともあるけれど、最後はやっぱり報われる―― それはつまり、あなたはこの世に生まれてきてよかったんだよ、この世は生きる価値があるんだよっていうことを伝えるものだと、僕は思っています。

価値観は人それぞれですし、時代や国によっても違ってくるので、何が幸せかというのは一概には言えませんが、僕は本を通じて「こういう世界になったらいいな」「こういう人がいたらいいな」「僕・私もそうなりたいな」と思えるような世界や存在を子どもたちに見せてあげたい。その積み重ねが、その子の心のひだにいつまでも残って、大人になってつらいことや悲しいことに直面したとき、ふと思い出されて、力になってくれるんじゃないかと信じています。

自宅の一室を家庭文庫として開放――「このあの文庫」

このあの文庫

▲こみやゆうさんがご自宅の一室を開放して運営している「このあの文庫」。東京・阿佐ヶ谷にあります

僕は自宅の一室を「このあの文庫」という名の家庭文庫として開放しています。「このあの」とは、「このよろこびをあのこに」の略です。出版社に勤めていた頃から始めて、今年で8年目。毎週土曜日、13時から17時まで開けて、約2000冊の子どもの本を無料で貸し出しています。

「このあの文庫」を始めた理由は、本をつくるだけじゃなくて、一人でも多くの人にしっかり手渡していきたいから。僕は実家が児童書専門店ですから、子どもの頃から本に囲まれて暮らしてきたわけですが、本がいつも目につくところにあるというのは、すごく大きな意味があったと思うんですよね。読む読まないはそれぞれの意思によるのでどうにもできないけれど、その本の存在を知っているか知らないかというのは、大人がなんとかしてあげられることじゃないですか。「このあの文庫」が子どもたちにとって、お気に入りの本との出会いの場になればうれしいですね。

文庫に来る子どもたちのことは、顔や名前はもちろん、それぞれの性格や好みも覚えるようにしています。同じ年齢・性別でも、子どもによって好みが全然違うんですよね。だから一人ひとりの顔を見て、この子にはこれがいいかな、という風に選びます。読み聞かせも毎回、そのときどんな子が来ているかを見てから、その場で本を選んで読みます。小さな文庫ならではの利点ですね。

読み聞かせをしたり、おしゃべりしたり、本について真面目に語ったり、ママたちのサロンになったり、みんなでわいわい騒いだり……もちろん、じっくりと本を選んで、読みふけってもらってもかまいません。お近くの方はぜひ、懐かしい絵本や新しい世界の本との出会いを見つけに、気軽にお越しくださいね。

心が豊かになるような絵本を選ぼう

翻訳家・こみやゆうさん

▲こみやさんは、保育園の父母会長なども務める子育てパパ。5歳の息子さんは最近、ひとりで本を読むようになったそうです

書店にも図書館にも絵本はたくさんあるので、子どもにどんな絵本を読んであげたらいいのか、悩まれる方もいらっしゃると思います。

僕がアドバイスするなら、まずはお父さんお母さんが楽しいと思える絵本を選ぶこと。その絵本の世間的な評価なんてどうだっていいんです。とにかく読み聞かせをするお父さんお母さんが心の底からおもしろいと思えるかどうかが大事。これはすごく格式の高い、すばらしい絵本ですっていくら言われても、読み聞かせする大人がつまらないなぁと思っていたら、子どもにとってもつまらない本になってしまいますよね。だからまずは、読む大人がおもしろいと思える絵本を選ぶ。それが第一歩です。

でも、絵本の世界にもっと足を踏み込んでいくのであれば、そこにはやっぱり質の良し悪しというものがあります。良し悪しを判断するのは難しいかもしれませんが、ポイントは、その本が自分に、そして我が子にどれだけ豊かな人生経験を味わわせてくれるか、です。その本の主人公からどんな心を分けてもらえるかを感じながら読んでみてください。どれだけためになるか、ではないですよ。親子で楽しむということが大前提なのですから。

そして、絵本さえ読んでおけば子どもたちの心が豊かになる、というわけでもありません。木洩れ日の光、頬をなでる風、水のせせらぎ…… そういうものを五感を働かせて実際に体験することは、とても大事なことです。そして、それを知っているからこそ、絵本がさらに楽しくなると思うんです。だから子どもたちには絵本の読み聞かせだけではなく、いろんな体験をさせてあげられるといいですよね。

東京・阿佐ヶ谷「このあの文庫」 このあの文庫
http://konoano.tumblr.com/
約2000冊の子どもの本がずらりと並ぶ家庭文庫。入会すれば、1人3冊まで2週間借りられます。
東京都杉並区天沼1-3-14(JR阿佐ケ谷駅より徒歩12分) TEL: 03-3392-8151
開館日時:土曜日 13~17時

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